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『12月生まれって何だか損してる気がするの』

『どうして?』

『うん。12月にはクリスマスがあるでしょ?まとめてお祝いされちゃうから、なんか、不公平だな〜って』

『ふぅん。でも大丈夫だよ。オレはそんな事しないから。の誕生日はの誕生日。クリスマスはクリスマスで、ちゃんとお祝いしようね?』

『ほんと?嬉しい!』



‥‥そんな会話をしたのはいつの事だったんだろうか?
社会人同士だから仕事が忙しくてすれ違いが出てくるのは『どうしようもない事』だと分かってはいるけれど。
この一月弱ほど自分も蔵馬も忙しくって、まともな『デート』が出来てない。仕事帰りに無理やり時間をひねり出して、食事だけ、とかお茶だけ、とか、電話だけ、メールだけ、そんな日がずっと続いてる。
前の仕事を辞めて就職活動中の自分は、忙しいなりに、それでも以外に時間に融通は効くけれど、蔵馬は蔵馬で、元々がお医者様(時間不規則な仕事)な上、博士論文の追い込みだって言って、ずっと大学病院か研究室に泊り込んで、自分の部屋にも殆ど帰っていないみたいだし。

「ねぇ、蔵馬。明日は私の誕生日だよ?寂しすぎて、死んじゃいそう」

求人を検索する為ににらめっこしてた、PCの画面をにらみながら、は自分以外の誰にも聞こえない位小さく呟いた。連敗続きの就職活動には、まだ、希望の光は見えてこない。
こんなに会えないでいると、嫌な事ばかり考えてしまいそう。そう。前の仕事を辞めるきっかけとか。

「‥‥やだ。なんで泣いてるんだろう、私」

気がつくと、こぼれていたのは涙。泣くつもりが無いのに涙がこぼれるなんて、重症すぎる。こんなにダウナー&ネガティブ思考だったっけ。私。会社を辞めて肩の荷が下りて、せいせいしてるはずなのに。こんなの反則。でも、一度下り坂になった思考は、落ち込むのを止めてくれなくて。

私は、いらない人間なの?私は無能だって言うことなの?

そんな思いが頭の中をぐるぐる回って回って回って。気がついたら、目をつぶってたって押せる番号をダイアルしていた。
「‥‥もしもし?」

携帯だから、良い音質とはいえないけれど、それでも、甘くって優しい艶やかなテナー。

「もしもし。私。急な電話でごめんね。今、話せる?」

その甘い声にまたこぼれそうになる涙を堪えて、極力普通に聞こえるような声を出した。

「大丈夫。今、休憩中だから。どうかしたの?

「あのね。ちょっと、声が聞きたかったの。それだけ」

嘘つき。本当は違うくせに。嘘つきだ。私。

「‥‥何かつらい事でもあったの?」

「えっ?」

「オレの仕事中にが急ぎの用事で無いのに電話かけて来るのは、いつもつらい事やいやな事があった時だもの」

ばれてる。蔵馬はとっくにお見通しだったみたい。

「何があったの?話せるなら、話して。一人で抱え込んでると、辛いだけだよ?」

その言葉に、が必死で抑えていた涙の堰がぷつりと切れて、あふれた。涙で途切れ途切れになりながら、今の不安を気持ちを、全部訴える。悲しくて、悔しくて、辛くて、時にしゃくりあげながら。

「そう‥‥それは辛かったよね。大丈夫だよ‥‥」

落ち着いた声でを慰める蔵馬の声を掻き消す、けたたましい電子音が電話の向こうから聞こえた。

「ごめん。ドクターコールが入った。急変の患者が出たらしい。ごめんね。それじゃ」

電話は、の返事を待たずに一方的にぷつりと途切れた。

「あ‥‥蔵馬‥‥」

いつもの自分なら、残念だけど納得できる理由だった『ドクターコール』が今は、何よりも残酷で無慈悲な仕打ちに思えた。

「蔵馬‥‥どうして‥‥お医者様は、たくさん、いるけど、‥‥私の、私の‥‥」

『私だけのお医者様』は蔵馬一人しかいないのよ。そう言おうとした声は、あふれる涙と嗚咽で意味をなさない泣き声へと、変わった。



「ごめんね。遅刻して」

待ち合わせ場所にしたカフェに遅れて現れたのは蔵馬の方。

「そんな事ない。私が早く来過ぎただけ。だって蔵馬も時間通りに来てるもの」

久しぶりに会う蔵馬はやっぱり素敵。

「それじゃちょっと早いけど、行こうか」

伝票を掴もうとした手は、蔵馬の方が早い。

「あ‥‥蔵馬、お茶位私が‥‥」

「だぁめ。今日はの誕生日でしょ。お祝いされる側の人が財布を開けたりしてはいけません」

「でも‥‥私だって‥‥」

「すまないと思う位なら、笑ってね。君のそう言う顔がオレへのお返しだから」

さらりと返ってくる返事に頬が染まる。いつもいつもそう思うけど、こう言うのって絶対蔵馬の方が一枚も二枚も上手だ。


「それじゃ、誕生日おめでとう 

グラスの触れ合う涼やかな音。

「今日は定時に上がれるように頑張ったんだけど、遅れちゃったね。ごめん」

「そんなの気にしてないから平気。仕事、忙しいんでしょう。大変だよね。お医者様って」

運ばれてきたオードブルの、色鮮やかで綺麗な盛り付けに見とれつつ聞き返して見る。

「うーん。今はどっちかって言うと、博士論文の方が大変、かな」

「そう言うものなの?」

「日本語だけならいいけど、英文でも論文書かないといけないからね。どっちか片方ならともかく、2ヶ国語はちょっと大変だよ」

大変と言う割りには、蔵馬の口ぶりには大変とか苦労していると言った色は薄い。なんでこの人ってば本当に大変な事をやってるのに、他人にはそれを何でもない様に言うのかな。無理してるのがわかるから、何だか切ない。

「って事は、二つも書かないと、卒業できないの?」

「乱暴に言うと、そーゆー事になるかな。まぁ、卒論と違って、博士号って絶対に取るべき義務って訳ではないから安心して」

「でも、卒業できないんでしょ?」

心配げに問い返す

「別に博士号なくても、医者としては、医師国家試験に通ってるから問題ないし」

「そう言うものなの?」

運ばれてくる料理を口に運ぶ合間に出てくる話題は、どうしても、お互いの仕事関係の話。
もうちょっと別の話もしたいなと思っても、ある意味、一番身近な話でもあるだけに、なかなか他の話題にうつるのがむずかしい。
社会人だからある程度仕事の話はしょうがないって思うけど、今日位、そう言う話とは無縁でいたい、と思うのだけど、他に話題があるかって言うと、あまり話のネタも無くって。
気がつくと、殆どお互いの近況報告も兼ねた仕事の話で、デザート直前まで突っ走ってしまった。

「そう言えば、就職活動はどんな感じ?上手く行きそう?」

「うん。頑張ってる、よ‥‥」

昨日もその事で、電話して泣いたばかりだから、どうしても視線がうつむきがちになって、蔵馬の顔が見れない。

「昨日みたいな風に泣いてるって事は、もしかしてあまり上手く行ってない?」

「え?そんな事、な‥‥」

言いかけて、語尾が途切れる。図星を指されてしまったから。

「‥‥なかなか良い所見つからないの。こうなったら、バイト代わりに派遣の登録だけでもしとこうかなっとか、考え中」

暗い顔なんかしたら、心配されるから、出来るだけ明るく聞こえるように返事を返した。

「そうなんだ。大変だね。でも、なら、大丈夫だよ。きっといいところが見つかるとおもうから」

蔵馬にそう言われると、本当にそう思えてくるから、不思議。

「あのね。オレのツテでいいなら、に良さそうな転職先を一つ知ってるんだけど、そこの面接受けてみる気、ある?」
無理に笑っているのが明らかなに、蔵馬はそう提案する。

「ほんと?ありがとう!是非是非紹介して!」

今度は、本当の笑顔が浮かぶ。

「そう。良かった。そんなに喜んでもらえてオレも嬉しいよ。余計なお節介かなと思ってちょっと心配してたんだ

そう言って、蔵馬は少しだけ含みのありそうな顔でにっこりと笑った。

「じゃあ、今からオレがいくつか質問するけど、それに答えてもらっていいかな?」

やっぱりどこか含みのある笑顔で蔵馬はにそう告げる。

「何?質問って。それも、何かその、面接に関係あるの?」

きょとんとした顔で聞き返す

「そうだね。まあ、そんなものかな。本番の練習と思って答えてみてよ」

「?」

「それじゃ、はじめるから」

の返事を待たずに『面接』が始まった。



まずは、貴女の名前を教えて」

「‥‥、です」

「誕生日は?」

です」

「星座と血液型は?」

「いて座のAB型」

「好きな食べ物は何?」

「‥‥‥‥って蔵馬?これって、本当に面接の練習?」

流石にいぶかしげな顔で聞き返す

「そうだよ。だからちゃんと答えてね?」

本心が読めないような笑顔を返す蔵馬。そのまま次々とに色々な質問を投げかける。

顔に疑問符を張り付かせたまま、それでも素直に質問には答えていく

一体、いくつの質問に答えたのか、数えるのが面倒になってきたその時。

「それじゃ、ラスト2問。この二つで質問はおしまい。まずは、『君が好きな人に望むこと』は何?」

「え〜と‥‥『アタシだけのヒト』で、いて欲しい、かな?」

「そうなんだ。それじゃ、最後の質問。今、君の目の前にいるオレの事をどう思ってる?」

「‥‥好きよ。大好き」

その言葉を聞いて、蔵馬は笑った。今度の笑顔は、見慣れたですらどきりとしてしまう位、綺麗な、それ。

「‥‥面接終了!お疲れ様でした。それじゃあ、結果を発表します♪」

「結果を発表って?何、それ?どう言うこと?」

「今のが、『転職先』の採用試験だったんだよ?わからなかった?」

「え?今のが?なんで?どうして?」

突然の宣告に、混乱を隠せない。

「で、採用試験の結果だけど、文句のつけようのない合格。採用決定です。むしろこっちからお願いしたい位。労働条件を説明すると、就労時間は24時間。休日は無しの年中無休。ただし、解雇は無しの終身雇用。リストラの恐れは200%ない、って言う形だけどいいかな?」

混乱しているそう告げると、蔵馬は手のひらに乗る位のビロード張りの小さな箱と、花束を一つ、テーブルの上に置いた。花の種類はチューリップ。

「その条件でいいなら、今出した箱の中身と花を受け取ってよ。それが内定通知だから」

「え??」

笑顔の蔵馬とは対照的に、何が起こってるのかさっぱりわからない

「くら、ま‥‥?」

いまだに事態を飲み込めないでいるの目の前で、蔵馬はゆっくりと、テーブルの上においた小箱の蓋を開けた。
中には、プラチナ製の光り輝く指輪が、一つ。

その指輪を箱から取り出して、の左の手をそっと取ると、薬指にリングを通して滑らせる。

「これで分かった?」

そう言ってまた、蔵馬は笑う。

「あ‥‥」

ようやく事の次第が飲み込めた

「内定通り、オレの『お嫁さん』に転職する気、ある?永久就職だから、返事は急がないよ」

「こんなの‥‥」

ぽろぽろと涙がこぼれる。

嬉しくって、言葉が出てこない。

「こんなに、こんなに、嬉しいバースディプレゼント、はじめて‥‥」

震える声で呟く。

「転職、する。するよ。ずっと、そうしたかったもん」

はめられた指輪を、ぎゅっと抱きしめて。クリスマスより少しだけ早く、天使が降りてきた。



コメントと言う名の言い訳。
恵美さん誕生日おめでとうございます!この一年、特に終盤(汗)色々あって大変だったけど、この夢が少しでも癒しになればと思います。
読んでる間は何もかも忘れて、彼との甘い時間にトリップ出来るような激甘を‥‥!!と決意して書いた割りにメロウな夢ですみません。しかもストーリーが不自然な上に糖度あまり高くないです(涙)
そして夢の中でも辛い目にあわせて一杯泣かしてしまってごめんなさいm(__)m
こんな作品でよろしければ、どうぞ煮るなり焼くなり好きに料理してください。返品は年中無休、未来永劫受付いたしますので(土下座)
これからの一年が、恵美さんにとって幸多からん事を心から祈ります。
またチャットでお話しましょうね。年が明けたら、そちら方面に足を伸ばしますので、どうぞ遊んであげて下さいませ。