EarlyMorningTeaを飲もう

 ある日の事だった。
「ねえねえ蔵馬。イギリスのお茶の時間は何回あるか、知ってる?」
読んでいた本から不意に顔をあげてが尋ねた。
「イギリス人の紅茶の消費量は世界一だったから、結構な回数のはず、だけど回数、回数‥‥?」
唐突な問いに、博識博学で鳴らしている流石の蔵馬とて、首を捻った。
「朝食と、アフタヌーンティと、ハイティと、後、午前か午後にティブレイクがあったね。寝る前にも飲んだ気がするから、最低でも6回。‥‥当たってるかな?」
「ブ〜〜。正解は7回で〜す。蔵馬の言ったのに後一つ加わるの。アーリーモーニングティって言って、朝起きて直ぐベッドの中で飲む紅茶。これが加わります。でも、これは、今じゃ休みの日にしかしない習慣みたいだね。この本見てると」
手にしてた本を軽く上げる。どうやら、この本から知識を仕入れてきたらしい。


 7回といわれるお茶のうち、いちばん最初に飲むのは、目覚めのベッドの中でのアーリーモーニングティ。もしもあなたが女王さまや公爵夫人のような身分なら、召使いが銀のお盆に上等なティセットをのせて、うやうやしく運んでくれるはずですから、優雅に受け取って、気取って飲めばいいのです。


「‥‥なんか、ユーガ。イギリスっていいねえ」
本の一節を朗読すると、はうらやましそうに言う。
「そんなに飲みたかったら、オレが入れてあげるのに」
蔵馬の言葉に、は、目をぱちくりさせると、笑った。
「別にいいよぉ。てゆーか、これ以上、蔵馬にお茶汲み上手くなられると、私が困る」
困る、と言うのと同時に、眉間に皺を寄せて、しかめ面を作る。
「お茶汲みは、私が蔵馬よりも上手く出来る事の一つだから、上手くなられたらヤだ」
しかめ面も、ぷうと膨れる顔も蔵馬の目にはとても可愛らしく映って、思わず口元がほころぶ。
「そーゆー訳だから、お茶汲み精進は却下!良い?」
けらけらと笑いながら、お茶入れてくるね。とが席を立つ。
「この前、トワイニングのクイーンマリー買ってきたよ。後、お菓子は昨日焼いたショートブレッドがあるから見てご覧よ」
「ホント?わあい♪」
はうきうきと軽い足取りで台所に行き、楽しげにお茶の支度をはじめる。先程の本は開きっぱなしで無造作に放り出したままで。
その本を、蔵馬は手にとって目を通し、ふ、と口元に楽しそうな笑みを浮かべた。
「これはかなえて上げないと、いけないかも、ですね」


 ‥‥‥良い匂いがする。入れたてのお茶と薔薇の香り‥‥。まどろみの淵の中で、は思った。どうしてこんな匂いがするのかな。夢?
「‥‥‥‥、起きて‥‥」
「‥‥うにぃ‥‥」
中途半端な返事は返ってくるけれど、それ以上のアクションは起きない。
「起きて下さいな。姫?」
耳元で囁くと同時に、そっと揺り起こす。
「‥‥‥ん、ぅうん‥‥」
 サイズ違いなのが一目でわかる男物のパジャマのシャツだけを纏った姿で、寝ぼけ眼のまま、はようやくベッドから身体を起こした。
「‥‥おはよー、くらま‥‥」
「おはようございます。姫」
甘やかな声と共に目の前に紅茶をなみなみと入れたカップ&ソーサーが差し出された。いまいち状況の把握できていないは、まだ半分夢うつつのまま、薔薇の香りのするローズティのカップを口に運ぶ。
「‥‥」
口に含んだとたんに広がる、馥郁とした薔薇と紅茶の香り。喉を転がり落ちていく明るいオレンジ色の液体。
「おいし‥‥」
うっとりとした声。カップの紅茶が減っていくのと正比例するように、半分眠っていた意識も覚醒されていく。ことり、とカップをソーサーに置くと、は改めて状況を把握しようと周りを見回した。
ベッドの上には自分ひとり。そして、蔵馬はとっくに身支度を整えて、自分に寄り添うようにベッドに腰掛けている。サイドテーブルには、ティーセット一式を乗せたトレイが置かれていた。
「蔵馬、これ、は‥‥?」
「お姫様のご要望に答えてみたんだけど、ね?」
くすくすと笑いながら、ふわりとを腕の中に閉じ込める。
「昨日、言ってたでしょう。アーリーモーニングティが飲みたいって」
耳元で優しく囁かれて、の頬にほんの一刷毛、桜色の紅がさす。そう言えば、そー言ってた様な気がしなくも、無い。
「そう言えば、私、そんな事、言ってたね。ありがと」
照れ隠しに、わざと、軽い調子で言ってみる。それを見た蔵馬はつい、とカップに手を伸ばす。一口口に含むと、素早く奪われる唇。
「ん‥‥‥」
口移しに送られる、甘い薔薇と紅茶の香り。その香りに酔いそうになって、こくりこくりと注ぎ込まれたそれを飲み下した。
「美味しかった?」
甘やかな囁きと笑み。抱きしめられてる腕と触れ合ってる肌から伝わってくる、体温と鼓動。桜色の紅は、ますます色濃い物になる。
「答え、聞きたいんだけど?」
柔らかでしなやかな身体を抱きしめて。耳元で囁いて。耳の先まで濃い桜色に染まったを楽しげに問い詰める。
「‥‥‥Thank you,MyDear」
 恥ずかしげな甘い囁きと共に、蔵馬の頬に柔らかな唇の感触。


 たとえあなたが女王さまや公爵夫人でなくっても、優しい夫か婚約者あるいは恋人がいれば、大丈夫。あなたの目を覚まさないように気を配り、そっと入れてくれたお茶を受け取り、ちょっと甘え気味に「Thankyou,MyDear」と囁くように言えばいいのですから。


「‥‥答え、聞くまでもありませんでしたね。姫」
お返しとばかりに、頬に、額に、目元に落とされるキス。寝乱れた髪に指を差し入れて、唇を重ねて。
「紅茶と薔薇の味がしますね」
何度も角度を変えて行なわれる、深いキス。すがりつく手からは力が抜けて。目覚めたばかりなのに、意識にはかすむようなヴェールがかかっていく。うっとりと融けてしまいそうな至福の時間。


「‥‥ん‥‥ふぁ‥‥」
聞こえてきたのは、それだけでは意味をなさない、甘い吐息。
「目覚ましのお茶の意味、なくなりそうですね」


コメントと言う名の言い訳。
甘いですね。この甘さにはきっと酔っていただけたと思います。かしずかれ万歳(笑)
ちなみに、本文中でなつきちゃんが朗読してる本は実在します。
白泉社の『イギリスのお話はおいしい』と言う本です。本と言うか、クッキングブックなんですけどね。斜体字の部分は、本からの抜粋です。興味のある方、お暇な方は本屋さんに行ってみて下さい。多分現物があるかと。
そして、お断りですが本物の文章中では、『アーリーモーニングティ』ではなく、『アーリーティ』となっています(笑)
秋光が、『アーリーモーニングティ』って言い方の方が好きなので、そっちに差し替えました(爆)
これとは別の紅茶の本には、『アーリーモーニングティ』と紹介されてるので、別にどっちを使っても間違いではないはず(笑)
しかし、自分を省みてると、現実にはこんな事、無いですねえ(涙)
秋光はベッドサイトに置いてる昨日の飲み残しの紅茶で淋しく『アーリーモーニングティ』してます(;w;)
私にも誰か入れてください(涙)