HONEY こぽこぽと紅茶がマグカップに3分の2弱の量注がれた。次にカップに注がれるのはハニーディスペンサーから流れ落ちる、金色にきらきら光るたっぷりの蜂蜜。ティスプーンでぐるぐると中身をかき回して、は注いだ蜂蜜が完全に溶けたのを確認すると、カップの中身を一匙すくって口に運んだ。ちょっと首をかしげると、また、蜂蜜を追加してかき回し、もう一度味見。2度目の味見で自分が納得の行く甘さに仕上がったのだろう、今度は牛乳がなみなみと入っているミルクピッチャーを手に取った。マグカップ残りのスペースを牛乳で満たすと、普通のミルクティよりはやや黒ずんだ亜麻色の液体が出来上がる。 「うふふふ。でーきたっ♪」 嬉しそうに笑うと、マグカップを手にとって、一口。 「うん。あま〜い」 幸せそうな笑顔で、カップの中の紅茶をこくこくと飲み干していたの元に、ある意味、手の中の紅茶よりももっと甘い存在、が現れる。 「なに飲んでるの?」 まだ少し水分を含んだ洗い髪にパジャマ姿で現れたその人はベッドの上に横座りしてカップを手に持っていたやっぱりパジャマ姿のと、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた、紅茶セット一式のトレイを眺めて尋ねた。 「ん?キャンブリックティー。おいしいよ〜。蔵馬も飲む?」 カップ一つしかないから、ごめんね、と言いながら差し出されたそれを、の手から受け取ると、蔵馬はの傍に腰を下ろす。受け取ったカップの中身を一口飲んで、秀麗な顔の眉根を寄せた。 「‥‥、ちょっとこれ、甘すぎない?」 「そ〜ぉ?まあ、確かに今日はすごーく甘い物飲みたいなって気分だったから、いつもよりはたくさん蜂蜜入れちゃったけど」 そんな顔する程、甘かったかなあ?と付けたして、は蔵馬が返してくるカップを受け取ると、蔵馬が一口でギブアップしたそれを平然と喉に送る。 時々彼女は、こんな風に、蔵馬が一口で顔をしかめるほど甘い飲み物をこしらえては、嬉しそうに飲む。そりゃ、甘い物は嫌いじゃないし、苦手でもない。だけど、やっぱりそれにだって、限度と言うものがある。砂糖‥‥この場合は蜂蜜の塊の様な甘さの液体を平然と、それも大量に飲み干せる耐性と許容量は、と違って自分には無いのだ。 「寝る前にそんなに甘い物飲んだら、むし歯になるよ?」 「うん。そーなんだけど‥‥なんだか急に甘い物欲しくなっちゃって」 まだちょっとお茶が残ってるから、それを砂糖無しで飲んだら、甘いの無くなるし、大丈夫でしょ、と、むし歯予防の観点からいうと、なんとも頼りなげな防衛策を披露しながら、はマグカップを手放さない。 「歯が痛くなって困るのはなんだから、ちょっとは気を付けたらどう?」 ひょい、と蔵馬はの手からほんの一口程に中身の減ってしまったマグカップを取り上げる。 「あぁ〜っ!蔵馬ひどーい。返して〜」 カップを取り返そうと手を伸ばす。だが、と蔵馬の身長の差がそのままハンディになって、の伸ばす手は、蔵馬の手には届かない。 「ねえ。返してったら〜」 口を尖らせながら、横座りから、ベッドの上に両膝で立って手を伸ばす形に姿勢を変えて、更には手を伸ばす。けれど、カップを返す意思のない蔵馬はその手の届かない先へとカップを持つ手を伸ばした。 「後一口なんだから、いいじゃな〜い。返してよ〜」 蔵馬のすぐ横まで詰め寄って、彼の膝の上に片手をついて身体を支えながら、は取り上げられたカップを奪還しようと体勢を両の立膝から、四つん這いに近い姿勢にまで変えて、伸ばせるギリギリまで手を伸ばす。しかし、そこまでして伸ばされた手がその目的を達成する事は出来なかった。が伸ばした手と反対の方向に、蔵馬がカップを持った手を伸ばした為に。 「あ!ずるい!」 それを見たは、伸ばした手はそのままに、首だけを肩越しに後ろにねじって抗議の声を上げる。だが、声を上げた瞬間、蔵馬の膝に置いた伸ばしていない方の手で、辛うじて保たれていた身体のバランスが、首を後ろにねじった事によって、均衡を崩された。 「?!」 蔵馬の膝の上にあった手が、ずるりと下に滑り落ちる。そのまま蔵馬の両の膝の上に寝そべるような姿勢で、べったりと前のめりに崩れ落ちた。元々の姿勢が四つん這いに近い物だった為、腰だけは、元のまま高く保たれているので、後ろにねじられてる首さえなければ、伸びをする猫のようにも見える。その一連の様子が、どうにも可愛らしく映ったもので、つい、くすくすと笑い声が上がる。 「笑ったわね〜」 口を尖らせ、不機嫌そうな顔で笑い声に対するのリアクションが返ってくる。起き上がるのかと思ったら、そのまま、蔵馬の片膝を抱いてちょうど猫が膝の上で丸まっている様なポーズに姿勢を替えた。カップを奪還に来た時からの一連のの言動は、かなり猫じみて蔵馬の目に映っていたのだが、こんな風に振舞われると、ますます猫だ。 もっとも、この猫は、ペットとして人の意にそうように作り変えられた愛玩用品種じゃなくって、成猫に例えるんだったら山猫(リンクス)、子猫に例えるんだったら、ジャガーの少し育った子供、と言った方がいいんだろうけど。今は、まだ、飼い猫とさほど変わらない状態で、自分の膝の上でのんびりとしているけど、人に長年飼われてるから、野生動物なのに飼い猫状態でよく慣れていて、可愛い、と思って油断すると、とたんに手痛く引っ掻いたり、噛みついたりするんだから。元々野生動物だったと気が付いた時には、もう遅くて、触ろうと伸ばした手に引っ掻き傷か歯型がくっきりと出来ていたり、する。ただ、引っ掻かれる直前、ギリギリの所でその爪をかわすのは結構快感で。一度かわす事を覚えると、意外にも病み付きになるのは否めない。それをもう一度味わおうとして、自分の膝の上に視線を落とせば、可愛い山猫(リンクス・キャット)はとりあえずはカップの奪回を小休止して、蔵馬の膝の上で幸せそうに喉を鳴らすことを楽しんでいるようだ。それはそれでとても蔵馬の目を楽しませるものだったけど、今は生き生きと動き回らせて見たい。 「ねえ、」 膝の上でくつろいでいる彼女に声をかける。 「ん?」 頭上から振ってきた声に顔だけあげて、視線を蔵馬の方へ向ける。 「これ、もういらないの?」 手にしたマグカップを示して見せた。 「ん〜??」 首をかしげて、ちょっと考え込むような仕草。 「いらないんだったら、あと一口だし、オレが貰っちゃうけど?」 そう言ってやってから、手にしたカップを口に運ぶ。それを見たとたんにの目が驚きで大きく見開かれ、咎めの意味できゅっとつりあがる。 「あ〜〜〜!ダメ〜〜〜!!それ、私の〜〜!!!」 丸まっていた膝の上から、がばっと起き上がって、抗議の声を上げるが、カップの中身は既に蔵馬の口の中。先程一口でギブアップしたのだから、まさかそんな事するとは思っても見なかったのに。ただ、むし歯の心配と、顔をしかめるほど甘ったるいものを飲まされた意趣返しにカップを取り上げたんだとばかり思っていたのに。 「ヒドイ〜。返して〜。返してよ〜」 頬を膨らませて抗議する。抗議したってもう、口の中に消えてるんだから帰っては来ないのは分かってるのだけど、でも、本来自分のものだった紅茶を飲まれてしまっても何も言わないなんてのは我慢できなくて。我慢できなくて、きぃきぃとリセットのしようのない事でも言ってしまうのは悪いくせだけど、直らない。 「私のなのにヒドイ〜」 膨れっ面をしたまま言った時、唐突に肩と顎を蔵馬の手に捕まえられた。捕まえられたと思った瞬間、重ねられてくる唇。そのまま歯列を割られて、ミルクと紅茶の匂いと味のする、甘ったるくてぬるい液体が口内に流れ落ちてくる。弾みでごくりと喉が鳴り、注ぎ込まれたそれを飲み下す。数度に分けて飲み込まれたその甘い液体が、完全にの口内から消えたのを確認して、蔵馬の唇はようやく離された。 「‥‥あ〜まぁぁい〜〜(><;;)」 思い切り眉をしかめて、唇の端からこぼれ落ちた、飲みきれなかった雫を手でぬぐいながらはうめく。その声は、先程、激甘キャンブリックティーを前触れなく飲まされた蔵馬の声と同じ色の苦味を帯びていた。 「おや?はこの位、平気なんじゃなかったの?」 くすくす笑いながら蔵馬は言う。 「だって〜なんだかさっき飲んだ時よりもずーっと甘かったんだもん。こんなに甘いのは私も無理〜(涙目)」 どうしてなのかな、蜂蜜は最初に入れた時の量で変わんないのに、と口を尖らせて可愛い文句。 「どうしてなんだろうね?もしかしてオレのせい?」 「かもね。蔵馬のせいかも」 そう言って、は笑いながら蔵馬にぎうと抱きついた。 「いつも通りに作ったのに、あんなに甘いなんて思わなかったもん。私は悪くない。悪いのは蔵馬のせい」 「酷いなあ。全部オレのせいなの?」 酷いと言っている割には、声が笑っている。 「そうよ。貴方のせい」 貴方のせい、と決め付けるの声も笑っている。 「‥‥まあ、それでも良いけど。幾らでもオレのせいにしてくれて。好きなだけオレのせいにして下さい」 そう言って、蔵馬はの身体に手を回すと、抱きしめた。 |
コメントと言う名の言い訳。 紅茶なお話第2弾です。作品中では、激甘な紅茶を寝る前に頂くなんて事してますが、良い子も悪い子もそんな事しちゃいけません!真面目に歯に良くないです。むし歯になります。まねしちゃいけません。寝る前に何か飲みたくなったら、無糖のお茶か水にしましょう。どうしても甘いものが飲みたいなら、飲んだ後にちゃんと歯磨きして下さいね。夜寝てる時が一番むし歯が出来やすいので。秋光の本業は歯医者さんの受付嬢なんで、職業柄力一杯警告させていただきます。二十歳そこそこの若くて可愛いお嬢さんで口の中は3分の2位むし歯でぼろぼろなんて言うのとか見てるんで、せっかく可愛いのに勿体無い〜って思っちゃいます。口の中がボロボロだと、彼氏とキスも出来ませんって(><;;少なくとも私は無理。作品中の様なあんなディープなのは。 あまりにも『Becured』の南野が怖いので、甘々な世界に逃避したくなって、『BeCured』の執筆を途中でお休みして書き始めた話です。だとしても、別の新作なんてダメじゃん。キリリク書けよ(殴) そして、もっとダメダメなのは書き上げてからはたと気が付いたんですが、『EarlyMorningTeaを飲もう』と話のオチも流れも大して差が無いと言うか殆ど同じと言う、気が付きたくない事実を発見しちゃいました。同じネタをもう一度書いてどうするよ自分‥‥。 ま、いいや。どうせショートバージョンだし(開き直るな(−w−;;)ええ、そうです。ショートバージョンと言う事は、完全版があるんですね(笑)力一杯危険物なので、禁書扱いにしてますが(笑) 完全版は禁書の間に置いてますので、『鍵』をお持ちの大人のお嬢様はどうぞそちらもお楽しみ下さいませね。マニアックな上に南野が(多分)壊れてますけど(マテ)甘々な大人夢になってると思いますので。 |