「美味そうな人間ですから、食っちまいましょうや」
「離してほしけりゃその腕一本位は食わしてもらわないとなあ。慰謝料代わりに」
じゃきん、と鋭い鉤爪がの目の前に突きつけられた。
「やめてください。今すぐ私を離さないと、きっと後で後悔しますよ」
「ほう。どんな風に後悔するんだ」
「私の知ってるとっても強い妖怪(人)が心配して探しに来ちゃうから」
の言葉を聞いて、兄貴分がひくひくと鼻をうごめかす。
「‥‥確かに微妙に他の妖怪の匂いがするが、大した強さは感じねえ。はったりもいい加減にするんだな」
「兄貴〜さっさと指の2,3本でも落しちまいましょうや。そしたら大人しくなりますよ」
「そんな物騒な事言わないで下さいってば!てゆーか、私が絡まれてるって事がその人にバレたら、あなた方の命の保証は無いんですって。断言してもいいけど!」
は厚くなりつつある人垣に目を走らせた。だが、周りの妖怪達からは誰一人助け舟を出そうとする殊勝な心がけのあるものも、顔見知りのものの顔も見かけない。
(う〜ん、どーしよ〜。こいつらあんまし強くなさそうだから、自力でどうとでもできるけど‥‥)
執拗に絡んで来る妖怪ご一行を実力で排除しようかと言う考えが浮かんでくる。一対複数だが、自分にぶつけられる妖気から推測する限りでは、実力行使にそう苦労するようにも思えない。
(あ、でも、危ないことはしないって、蔵馬と約束しちゃったし〜)
自分に発信機を取り付けた時の蔵馬の顔を思い出すと、ここで立ち回りを行なって、その事が蔵馬にバレた時が冗談抜きでなく、本当に怖い。
「だから、やめてくださいって!ぶつかったことはちゃんと謝ったんだから、いいでしょ?」
「このアマ、痛い目に遭わしてやろうか?!」
不毛な押し問答はしばし続きそう、な気配が濃厚だった。
が不毛な押し問答を行なっているのと同時刻、定刻より数十分遅れで始まった大統領閣議の席上で、携帯電話の着信音にも似た電子音が、軽やかに響いた。音の発信源は、蔵馬が自分の傍らに置いていた、FDサイズの一見携帯のような機械。場違いな音に、出席者の視線は、蔵馬の方へと集中する。
一斉に自分の方に向いた視線を気にすることなく、蔵馬はその機械を手にとってコンパクトのように蓋を開く。機械を開いて一瞥した瞬間、目がすっと細くなり、また元へと戻った。かと思うと、
「急用が入りましたので、すみませんが、オレはこれで退席させてもらいます」
一言、その場にいる皆に聞こえるように述べたかと思うと、目の前に広げていたノートパソコンの電源を落とし、会議の資料をてきぱきと片付け始めた。
「今日の会議、大統領にオレの全権は委任しますので、後をよろしくお願いします」
そう言ったかと思うと、片付けた資料とパソコン、そして、退席の原因を作ったくだんの機械、おそらく、のつけていた発信機の親機を手に取った。
「キツネ、やっぱりひと騒動起こったんだろう」
チェシャ猫のような、と言う表現がぴったりの笑みを浮かべて面白そうに言う躯。
「街で、爆発や建物の倒壊が起きる前に見つけた方が良いぞ。事後処理が面倒だろう。過激な性質みたいだから、早くしないと危ないな」
「茶々を入れるヒマがあったら、真面目に仕事をしてください。この急用だって、貴女をはじめ、職務怠慢な人が揃ってるから、起こったことなんですよ」
イヤミと重圧を全開にした蔵馬の返答。
「その件は、前向きに検討しとくさ」
立ち去る蔵馬の背中に、躯の能天気かつ、無責任な答えがかぶさった。
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