| 発信機の親機の反応を確認しながら、蔵馬が癌蛇羅の街中を歩き回る‥‥いや、立ち上る妖気で、モーゼの十戒の如く、人込みを割って回る事しばし、分厚い人垣の中から、微かに妖怪のものとは違う、明らかに人間の霊気の波動を感じ取った。と同時に、 「だ〜か〜ら、いい加減に諦めてって言ってるでしょ?!何でわかんないかなあ」
 聞き間違うはずのない娘の声。人込みを掻き分けて見ると予想通りと言うか何と言うか、複数のいかにも雑魚と言った見かけの妖怪とそれに対峙してるの姿があった。
 「‥‥‥迎えにきたよ。」
 「あ、蔵馬♪よかったー来てくれて」
 声をかけると、結構能天気な声での返答。無事でいることはまず間違いないとは思っていたが、こうやって、その目で確認できるとほっとする。
 「何をしたら、こんな事になったんだい?」
 大体想像はつくが、確認の意味も込めて聞いてみる。
 「あのね。歩いてたらこの人にぶつかっちゃったの。で、ちゃんと謝ったんだけど、納得してもらえなくて、こーゆー事になってるの」
 微妙な細部の違いはあったが、事態は9割9分蔵馬の予想通りだった。
 「怪我はないだろうね?」
 「ん、勿論。大丈夫♪」
 「‥‥おい、ちょっと待てよ」
 蔵馬の登場から、完全にシカトされっぱなしだった、雑魚妖怪ご一行様が無謀と慢心の精霊にでも取り付かれたのか、愚かにも声をかけた。
 自分たちの話‥‥もはや話の形をしていたかどうかは激しく疑問だが‥‥に割り込まれて、著しく気分を害したようだった。相手がかなりの美形だったことで、妙な嫉妬心まで呼び起こされたのか、もてる限りの妖力を開放しているようだ。
 「きゃっ」
 小さな悲鳴が上がる。
 「この女の命が惜しかったら、こいつの不始末、てめえが何とかしやがれ!」
 窮鼠猫を噛む、とはこの事なのか、それとも単に悪運が強すぎただけなのか。雑魚の頭目は完全に蔵馬の方に注意と関心が向いていたの首に片手を巻きつけ、その手の内に拘束すると、彼女の顔に大ぶりのナイフを突きつけた。この一連の行為が、自らを地獄へといざなう直行便の切符だとも知らずに。
 それを見た蔵馬の目が、すぅっと細められた。
 辺りにまるで吹雪のような冷たいオーラが漂う。同時に蔵馬の妖力が急激に高まって行った。
 「なかなかいい度胸だね‥‥に手を出すなんて‥‥」
 にこやかさや穏当さといったものを剥ぎ取った絶対零度の視線がを拘束する妖怪に突き刺さる。
 「‥‥そ、そんな、ツラしても無駄だからな。てめえがなんかすると、この女が、いてえ目に遭うんだ!」
 完全に蔵馬に圧倒された様子の上ずった声と共に、の顔に突きつけられたナイフがちくりと頬をつつく。幸いにして傷はまだつかない。
 「ねえ、蔵馬〜。私約束守ったの。ほんとなら、とっくの昔に、実力行使してるのを、蔵馬がくるまで我慢したの」
 状況を理解しているのかいないのか。結構危険な状態に置かれているにも関わらず、平然と蔵馬に話し掛ける。
 「ね〜えくらま〜。自力脱出しちゃ、ダメ?」
 小首を傾げて無邪気に問い掛ける。
 「約束もちゃんと守ったから、その位許してくれても、いい、よね?」
 蔵馬の目が、絶対零度の妖気は保ったまま、すっと柔らかくなった。そして、ため息を一つ。
 「‥‥‥まあ、いいでしょう。たいした危険もないみたいだし」
 仕方が無い、とか、不承不承、と言う色を分厚く重ね塗りした口調。
 「やたっ♪」
 許可が下りた瞬間が満面の笑みを浮かべる。
 「でも、一人だけだよ。他はオレが片付ける。オレもストレス解消がしたいからね」
 言ったと同時に、蔵馬が動いた。に突きつけられているナイフの存在など、まるっきり無視して。
 「はぁ〜い」
 お気楽な口調でが返事をする。
 「てめぇ!女の命がねえって言っただろぅ!」
 その様子に雑魚妖怪ご一行がついにキレた。を拘束していない2,3人が妖力を全開にして、蔵馬に向かい、拘束している妖怪は、を傷つけようとナイフを振りかぶった。その時だった。
 「じゃ、蔵馬のお許しもでた事だしぃ♪」
 蔵馬同様やはり言ったと同時にも動いた。自分を拘束している妖怪の足を、それなりの高さがあるブーツの踵で思いっきり踏みつける。
 「脱出、させてもらうからっ☆」
 次に左の肘を真後ろに叩き込む。そのたった二つの動作では拘束から解けて自由の身になった。
 「ほんとなら速攻実力行使なとこを大人しくしてるのって、結構ストレスなのよっ!」
 くるりと身体を反転させると、ヒールの一撃と肘打ちをまともにくらって、身体をくの字にして苦しむ相手の脳天めがけて、華麗に踵落とし。これがトドメになったのか、そいつはピクリとも動かなくなる。妖気が消えていないので、命は何とか無事なようだが。
 「はい、おしまいっと♪蔵馬〜。終わったよ〜」
 頼まれていたお使いが終わったかのような気楽な調子では蔵馬に声をかける。その蔵馬の周りにも、いつの間に倒したのか、飛び掛ってきた妖怪達は、既に地面に這いつくばっていた。
 「こっちもね。全く、に手を出すなんて、勇気があると言うか無謀と言うか‥‥」
 やれやれ、といった口調。
 「蔵馬〜、それ、どう言う意味〜?」
 おそらくは自分に向けられたであろう微妙な刺を察知したのか、は軽く唇を尖らせた。
 「どういう意味って、まあ、綺麗な花には刺があるって意味もあるけど、それよりも、に何かあったらオレが黙っちゃいないって事を分かってて、ああ言うことをやるんだから。ある意味感心するよ」
 こういう事になるから、外に出したくなかったんですがねと、に聞こえるか聞こえないかの声で小さく付け加える。
 「帰るよ。。もう、十分に羽は伸ばせたでしょう?」
 が手枷みたいだ‥‥と評した発信機のはまった右の手を蔵馬は自分の手に取る。
 取ったの右手をひいて、ぱっと見には幸せなカップルとしか見えない二人連れ。だが、先程の立ち回りを見たためか、今度は誰一人として二人のゆくてを阻もうとするものはいなかった。
 
 
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