蔵馬が入魔洞窟からを『連れ戻しに』行ったその日から、10日程経ったある日の事。
「すみません。ゴーダチーズケーキ、ミニサイズのを2つ下さい。後、そこのプリンを4つ。保冷剤は‥‥うーん。近所ですけど、一応入れて貰えますか?持って帰ってすぐ食べると思うので、冷たいままの方が良いです」
学校の帰りに、駅ビル付属の百貨店地下、いわゆる『デパ地下』で蔵馬はケーキを買っていた。痛まないように丁寧に梱包された商品を受け取って、会計を済ませると、駅のホームへと向かう。ホームへ登る階段を上っている時に、ポケットに突っ込んでいた携帯が、軽やかなメロディを奏で、二つ折りのそれを開いて耳にあてた。
「もしもし?ああ、幽助。どうしたの?うん。‥‥いいよ。別に。うん。ああ、その話は後でゆっくりするから。じゃあ電車が来るから一度切るよ。それじゃ」
電話を切った蔵馬の顔は、なんだかとっても『楽しそう』なもの、だった。
「くーらま〜〜」
改札口外側で自分をオーバーアクションで手招きしている幽助を見て、蔵馬は口元を緩めた。やっぱり、幽助は変わっていない。自分自身の身に大きな変化があったにも関わらず、幽助は幽助のままだ。
「わりぃな。呼び出したりして」
人懐っこそうな笑顔も変わらない。
「いいよ。どうせ最近、ずっとこっちの方に帰ってたから」
「こっちの方って言うと‥‥そっか、『アジト』にいるんか。今」
『南野秀一』ではなく、『蔵馬』として動く時の為に、『南野秀一』の顔しか知らない人間にはナイショで確保しているマンションの一室。そこを『アジト』と称して幽助は言った。確かに、『蔵馬』の自分を知っている僅かな人物にしかその事は話していないから、確かにある意味『隠れ家』ではあるけれど、自分の趣味半分に揃えた各種ゲーム機に引き寄せられて、幽助や桑原が結構溜まり場的に使う様になって以来、自分の部屋を『アジト』とか『ヒミツ基地』と呼んでいるのにはちょっと抵抗が。
「お袋さん大丈夫なんか?」
「バレる様なドジはしないよ。家にはちゃんと『身代わりのオレ』が帰ってるから。そんな事よりも、そろそろ移動しませんか?部屋に人を待たせてるから、早く帰りたいんだ」
そう言うと、蔵馬は幽助の返事を待たずに、移動を始めた。慌てて幽助もその後を追う。
「じゃあ、そのケーキの箱は‥‥」
「待ってる人に留守番してもらってるから、お土産に買ったんだ。ちょっと多めに買ってきたから幽助のもあるよ」
足早に歩いている蔵馬の顔には、いつもの幽助が知っているものとはちょっとだけ違う、なんだかうきうきしている様な色があった。『普通の人間』には、見咎められない程度に『普通じゃない』方法で道のりをショートカットしながら歩いて僅かに5分程の場所にある、蔵馬の『隠れ家』のあるマンションに到着して、部屋の扉の前でインターホンのチャイムを鳴らす。僅かに間が空き、なにか履物を引っ掛ける音と、ドアチェーンと鍵を外す金属音がした後で、扉が開く。現れたのはどちらもシンプルなデザインのキャミソールとカットソーを重ね着して、首に、繊細な細工を施された銀と幽助には分からない種類の宝石(いし)をあしらったチョーカー、耳には形は水滴形、色は瑠璃色のやっぱり幽助には分からない種類の宝石(いし)のピアスを飾り、膝丈より少しだけ短いミニスカート姿な栗色のポニーテールの少女。
「お帰りなさ〜い♪蔵馬、早かったね。今日は帰宅部だったの?」
ポニーテールの少女――は嬉しそうに蔵馬を出迎える。
「まあね。それより、、これお土産」
帰る途中で買ったケーキの箱を手渡すと、の顔がさらに嬉しそうなものに変わる。
「わぁい♪モロゾフのケーキぃ〜♪うれし〜〜ありがと〜〜」
ケーキの箱を持って、今にもスキップしそうな足取りで、奥の部屋へと行こうとしたを蔵馬が呼び止める。
「、それから、幽助が一緒に来てるから、そのつもりでね」
蔵馬の言葉を聞いて、奥の部屋に行きかけたがくるりと振り返る。ケーキにばかり目がいっていて、蔵馬と一緒に幽助が部屋に上がっている事をはじめて認識したのか、ぱちぱちと2度ほど瞬きをする。
「あ、こんにちは。えーと…浦飯君、いらっしゃい。ゆっくりして行ってよ」
そう言ってはにっこり笑う。幽助が彼女とちゃんと顔をあわせるのは今日が2度目。初めて見た時にもそう思ったけれど、確かにはかわいかった。蔵馬と並ぶと、流石にちょっと美人度では見劣りするのは仕方が無いけれど、だからと言って釣り合わない訳ではない程度に整った容姿。ケーキ一つにも子供のように素直に喜ぶ様子と、浦飯君、なんて普段呼ばれつけない呼び方でさらっと自分を呼ぶ辺り、この辺の地区で『名門お嬢様校』と評判の高い聖ソフィア女学院のお育ちのイイ、オジョーサマだなあとしみじみ感じて、がさつで口うるさくって素直じゃない幼馴染みの誰かさんとの落差になんだか、蔵馬を羨ましく感じてしまう。
「浦飯君、だなんて、だれも呼ばねーから、なんかくすぐってーよ。幽助、でいいから、そー呼んでくれねえ?」
「‥‥そう?じゃあ、そう呼ばせてもらうね」
そう言うと、はケーキの箱を持って楽しそうに奥の部屋へと進む。その後姿を見ながら、幽助は、の姿を見てからずっと思っていた疑問を蔵馬にぶつける。
「なんでお前の彼女がここにいんの?」
「ああ。この前、入魔洞窟から彼女を連れ戻してみたら、案の定オレに内緒で色々してた事で体調崩してて、それでずっとここで静養させてたんだ」
普通の医者にかかれる様なものじゃないしね、と付け加えた蔵馬の表情が少しだけ固くなっていて、まだその事に関してあまりいい感情を持ってはいないと言う事を幽助に伝える。
短い廊下を通ってリビングへと足を運んだ二人は、先に到着していて、ケーキの箱を開封していたに、二度目の出迎えを受けた。
「あ、やっと来た〜。二人ともプリンとチーズケーキ、どっちにする?一人で先に食べちゃうのも悪いし、おいしい物はみんなで食べた方が美味しいから」
そう言って、ころころと笑うの様子は、どう見ても『体調不良』には見えない。顔色も至って健康的だ。
「はどっちがいいの?」
「うーん。両方!ダメ?」
食欲も至って旺盛なようだ。一体どこが『体調不良』で『静養』しているんだか。
「いいよ。それよりもプリン、リクエストしてたパステルのでなくってごめんね。先にモロゾフに行ったら、そっちのプリンも美味しそうだったから、そっちで妥協して怠けちゃった」
「ううん。いいの。だってパステルのプリンだったら、恵比寿まで行かなきゃいけないでしょ?わざわざプリン買うだけで恵比寿まで行ってもらうのも、蔵馬に悪いし。それに私モロゾフのプリンも好きよ」
ここまでのやり取りを、幽助は半ばドラマでも見るかのような目で見物していた。なんと言うか、こう、彼女の欲しいケーキを一つ買うだけの為に、わざわざ電車で1時間以上かかる、23区内(遠くの店)まで足を運ぶなんて、漫画とかドラマだけの話かと思ってたら、現実に、それもこんなに身近な所に存在してたなんて。
「ねえねえ。浦飯君、じゃなくって幽助はプリンとチーズケーキ、どっちがいい?」
「え?ええっと」
唐突に話を振られて、幽助は戸惑う。蔵馬と、二人のやり取りに気を取られていて、自分の事などお留守になっていたからだ。
「もしかして、まだ迷ってるの〜?だったら、私、お茶入れてくるから、それまでにゆっくり考えといてね♪」
そういうと、は立ち上がろうとする。その時、それまで、柔らかな表情でを見ていた蔵馬の顔がちょっとだけ固いものになった。
「は座っておいで。お茶ならオレが入れてくるから」
ぴしゃり、と言う音が出そうな口調で言う。
「えぇっ?どうして?私が行くって言ってるのに。もう、やかん火にかけてるんだよ」
明らかに不満ですと言いたげな声と表情の。
「まだ身体が本調子じゃないでしょう。オレがいる時は、は家の中の事は何もしないでいいって言ってるじゃない」
「本調子じゃないって、もう、殆ど平気なのに。日常生活には何の支障も無いのよ」
ただ何もしないでいるのも退屈なんだよ。と、は口を尖らせた。
「一人がダメなら、じゃあ、蔵馬と一緒に行く。二人ならいいでしょ」
「いけません。幽助の話し相手だけしておいで。お茶は何がいいの」
「私が入れた方が、お茶は美味しいのにっ。何でそう過保護なのよ〜」
「過保護で結構。大人しく座ってなさい」
穏やかな中に、一本ぴしりと針が通った声で蔵馬は畳み掛けた。
「え〜〜ヤだぁ〜〜これじゃ塔の中のお姫様じゃない」
「囚われの姫を主張するなら、それらしく座ってなさい。その様子だと、お姫様って言うよりは、異端審問を受けるジャンヌ・ダルクって感じだよ」
からかうような響きを込めた蔵馬の口調と声。元々面白くなさそうだったの表情がとたんに膨れっ面になる。
「蔵馬のけち〜。意地悪〜」
不貞腐れた様子で刺のある声をあげ、は上目遣いに蔵馬を軽くにらむ。
「」
先程の声とはうって変わった、硬質な響きを持つ声で蔵馬はの名を呼んだ。
「あまりオレを心配させないでくれる?」
「心配って、そんなオオゲサな」
「オレが心配しすぎるとどうなるかは、知ってるでしょう?」
その言葉を聞いて、不満の色を隠すどころか、力一杯その色を振りまいていたの顔が微妙に引きつった。
「分かってるでしょう。だったら、大人しくしとけるよね?」
そう続けられて、不満の色は隠してはいないもの、の表情にはどこか何かに怯えているような、そんな色が混じる。
「できるよね?」
にっこりと笑って念を押す蔵馬。の表情には、まだ不満の色が濃いものの、何かに怯えているようなそんな色が確かに混じっていて。
「‥‥‥わーかーりましたっ」
完全にふて腐れた調子で不承不承返ってきた返事に、蔵馬はようやく納得したような笑顔を浮かべる。
「いい子だねは。お茶は何がいいの?」
「‥‥レピシエのヴィーナス。アイスがいい。熱いのはヤだ」
完全に拗ねた口調と態度で返事をすると、はぷいとそっぽを向いた。
「そう。それじゃちょっと待っててね」
立ち上がってキッチンへと向かう蔵馬の姿が消えた所で、は彼の姿が消えた方向へ向かって思いっきりしかめっ面を作った。
「いーっだ監禁犯っ!」
自分と幽助にしか聞こえない程度の小さな声で叫ぶ。
その様子を口を挟む隙も見出せずにずっと見物していた幽助は、自分の今まで持っていた『蔵馬の彼女』に対するイメージがどこかでガラガラと音を立てて崩壊していくのを自覚していた。
はじめて会った時と言うか、蔵馬とお茶をどうすると言い合いを始めるまでは、雪菜程大人しくて控えめではないとは思っていたが、どちらかと言えば、明るいけれど大人しくて控えめな『少しだけお姉さん』で『オジョーサマ』だと、思っていた。だけど、自分のそんなイメージは、思いっきり勘違いだった、らしい。目の前の栗色ポニーテールの少し年上の少女は、幼馴染みの誰かさん同様、いや、下手をするとそれ以上に『過激で無敵なお強い女の子』だったのだ。自分がしようとも思わない蔵馬との口での勝負を平気でガンガンやってる辺り、本当に『無敵』だ。強いて言えば、幼馴染みの誰かさんよりは、口が悪くない分、『オジョーサマ』の片鱗が残ってると言えなくもないだろうが、それでも、やっぱり、あの自分とは比べ物になんない位『アッタマイイ』蔵馬と対等に口で争える辺り『只者』じゃない。蔵馬との間に何があったのかよく分からないけれど、前に駅で会った時にも蔵馬自身が、目の前の少女に対して、『頭は悪くない』とか『今回は彼女の方が上手』とか、負けを認めるような微妙な発言があったし。
「あ、ごめんなさい。もしかして、びっくりしちゃった?」
「えっと‥‥」
口ごもる幽助に対して、はころころと笑いながらも、
「いつもはここまで超過保護じゃないんだけど、ちょっと今神経過敏なのよ。あの人。心配ないって言ってるのにね」
と言って、またぷぅと膨れっ面をつくった。
「その、身体の調子が悪りぃとか、蔵馬言ってたけど‥‥」
どうも歯切れが悪い口調でしか話せない幽助。
「ああ、それね。確かに、ここに担ぎ込まれた時はそうだったんだけど。私、ちょっと前まで魔界の瘴気結構な量身体に溜めてたのね。実は。で、体内の瘴気の浄化に結構な霊力(ちから)食っちゃってた時に、少しだけ無茶したから、倒れちゃって。2日位ベッドから起きれなくて寝てたけど。でも、もう、普通に元気なのよ」
『魔界の瘴気を体内に溜めてた』とか、『二日間起きれずに寝てた』とかよく聞くととんでもない発言をさらさらとしつつ、は笑う。
「魔界の瘴気って、普通の人間だったらちょっと吸ったら死ぬとかいうシロモノだろ。よく平気だったな。あんた」
「だって私、『普通の人間』じゃないし。『普通の人間』は『南野君の彼女』にはなれても『蔵馬の彼女』にはなれないわ。幽助にも分かるでしょ。その位は」
目の前の少女は、確かに『普通の人間』にはありえない霊気と能力(ちから)の気配を漂わせていたが、だからと言って、寝込むだけの魔界の瘴気を吸って平気なわけが無い、と幽助は思う。そして、それ以上に疑問に思う事があって、幽助は口を開く。
「あのさー。それだけ元気なら、なんで外に出たり、ガッコ行ったりしねえの?オレと違って、あんた真面目そーだし。その前に、ソフィアのオジョーサマがそんなに長くガッコサボっちゃ、ヤバくねえ?」
「‥‥出たいけど、出れないのよ。蔵馬が出してくれないの。学校の方は、確かにヤバイし、授業遅れるから、私の形代(かたしろ)作ってそっちに行かせてるから、大丈夫なんだけど」
面白くない、と言う感情を身体から発散するオーラと表情と声の全てで表現しては言う。
「こっそり出たりとか、しねえの?さっきの見てると、脱走位してそうじゃん」
「脱走ねえ‥‥これのせいで、外に出れないのよ」
そう言って、は、首に嵌めている銀のチョーカーを幽助に示した。起きれる程元気になったら脱走する位の事、あの人にはお見通しだったのよね。と、ふて腐れた様に言う。
「え?だって、これ普通のチョーカーじゃ‥‥」
「ううん。違うの。あの人の昔の戦利品の一つらしくて、どんな風な原理かは私もよく知らないんだけど、とにかくこのマンションの建物とその敷地内から一歩でも出るか、あの人から半径100m以上離れるか、どっちかすると、自動的にこのチョーカーがきゅって絞まって、一瞬で締め落とされて気絶させられちゃうの。外そうと思っても、蔵馬以外の人には外せないのよね。試したけどダメだったから。そんなシロモノ嵌められて、脱走しようなんて思う?一度やってこりたわ」
最初は、この部屋から出たら気絶、だったんだよ。交渉しまくってようやくマンションの敷地内に妥協してもらったんだから。と、付け加えて、はちょっとだけ青ざめた顔になった。確かに、そんな物騒な物をつけられてるのに脱走なんて、よほど切羽詰った理由でもない限り、しようとは思うまい。
「あ、このチョーカーの事喋ったの、蔵馬にはナイショね。多分、誰かに言うと怒るから。私、あの人が怒るとこしばらく見たくないのよ」
そう言っては首をすくめた。『魔界の穴』の時の蔵馬の様子を覚えていた幽助も、それには全く同感で、力一杯首を盾に振る。
「入魔洞窟から連れ戻される時、ほんっとに怖かったんだもん。もーやだ、嫌。見たくない。普段怒らない人が怒ると怖いってホントだよ〜」
普段はすごく優しいのにね。とそこまでが言った時、話題の張本人が、がリクエストした通りのアイスティーと、ケーキの為の皿とフォーク&スプーンを乗せたトレイをもって現れた。
「お待ちどうさま。何話してたの?」
「ナイショ。‥‥ウソ嘘。ただの惚気話ですよ〜だ」
ナイショ、と言った時の他人だと見落としてしまいそうな微妙な表情の変化を読み取って、は慌てて、一言付け加える。
「話す事たくさんありすぎて大変だったんだから」
くすくす笑いながら、トレイからグラスや食器を取っては各人に配る。その位の事は、流石に蔵馬も咎めないようで。
「‥‥蔵馬さあ。なんか、イメージ違ってびっくりしたんだけど」
から受け取ったアイスティーを一口飲んで幽助は言う。飲んだ瞬間ふわりと立ち上った蜂蜜と花の甘い匂いはイメージが崩壊するまでののそれとなんだか重なって、ちょっと複雑な気分。
「イメージって‥‥ああ、彼女の事?びっくりした?わがまま姫様だからねえ。お守りは結構大変だよ?今はまだ幽助がいるからちょっと猫被ってて大人しくしてるみたいだけど」
グラスと食器を配った後、黙ってチーズケーキとプリンを食していたは蔵馬のその言葉を聞いて、明らかに眉を跳ね上げ一瞬蔵馬を上目遣いに睨んだけれど、特に何を言うと言うわけでもなく、また素直に食べかけのケーキに向かう。何か言いたそうな顔はしていたのだが。
「え?」
口の中にあったプリンをごくんと飲み込んで幽助は言う。さっきの様な『言い合い』のLVでまだ『ちょっと猫を被ってる』なんてそんな馬鹿な。なんて言うか『正気の沙汰』じゃない。言葉の使い方は多分きっと間違ってるけれど、狂ってるとしか思えない。蔵馬がいわゆる『味方』な人間に、ちくりと皮肉を言ったり、からかったりするのを見た事はあっても、さっきみたいに結構真剣に相手をしてきつい物言いをしてるのは、それなりの長さ付き合ってる自分だって、数えるほどしか見ていないのに。
「で、こんな事聞いてなんだけどさ。お二人さん、お互いのどこがいいんだよ?」
何となく確認しておきたくって、幽助は二人に尋ねた。どんな答えが返ってくるかは何となく予想がついてたけど。ま、一応念のためと言うやつで。その言葉に、2人はお互い顔をちょっと見合わせる。
「「全部」」
別にタイミングを計った訳でも、答えを相談した訳でもないのに、全く同じ答えが、全く同時に帰ってきて、美しいハーモニーを作った。
「困ったなって思う所が無いわけじゃないけど、そーゆーのもひっくるめて、彼女だと思うし」
「私も同じ。やだなとか、困るなって所は当然あるけど、でも、そーゆーのも込みで蔵馬は蔵馬だし」
別に照れる様子も無くさらりと、聞いている他の人間の方が恥ずかしくなりそうな事を言って二人とも楽しそうに笑う。
「こんな風に余裕綽々な大人な感じだけど、そう見えて、余裕ない時は割りにコドモで、意外と独占欲も強くって、つまんない事で機嫌悪くするし、人の揚げ足取るのが大好きだから、結構やだなーって思うけど」
「なまじ聡明な分、素直に言う事なかなか聞かないし、疲れてるとうっとおしくなる事がある位、意地っ張りで勝ち気だし、喋るとナチュラルにカチンと来る発言したりするし、自分のやりたい事あると、そっち優先でオレの事二の次以下に良く回すし、オレの知らない所で厄介ごとの種を拾ってくるから、時々頭痛の種にはなるけどねえ」
でも、イヤだって思っても『嫌い』だと思った事って、一度もないよ。と、お互い、微妙に表現は違っても同じ内容の事を付け加えて、また、蔵馬とはころころと笑う。お互いがお互いの欠点とか嫌な事を指摘していて、それも、結構辛辣な内容なのに、どうして下手に長所や好きな所を列挙している惚気よりも惚気話のように聞こえるのはなんでだろう。
「だって、『イヤ』と『嫌い』って似てるけど、でもぜんぜん違うし」
「そーゆーどーしようも無い欠点をカバーする位の長所と魅力が彼女にはあるんでしょうね」
ダメだ。もう聞いてられない。なまじ目の前の2人が片方はそんじょそこらには気楽に転がってるLVじゃない位のとんでもない美形で、もう片方も本人が意識しているかどうかは、知ったこっちゃないが、『かわいい美少女』と表しても異論は少なかろうLVな整った外見のいわゆる『美男美女』なカップルだから、余計に始末が悪い。これが人並みの容姿な2人だと、ある意味ギャグとして笑って聞けるんだろうけど。
「‥‥オレ、そろそろ帰るわ。なんか、邪魔してるみてーだし」
惚気を聞かされながら、黙々と消費していたプリンの最後の一口を口にほおりこんで飲み込むと、幽助は言った。
「え?もう帰るんですか?なんだ、幽助の聞きたがってた話、まだ何にも話してないのに」
珍しく、つまらなそうな顔をして蔵馬は幽助に言った。
「もう帰っちゃうの?つまんないな〜。久し振りに蔵馬以外の人と喋って楽しかったのに」
せっかくだから、ご飯も一緒に食べていけば良いのに、まあ、私が作るんじゃないけど、と言いながら、も首をかしげた。
「それは、また別の機会にゆっくりと‥‥。そーゆー事で、今日は勘弁してくれっ。じゃっ!」
そそくさと逃げるように出て行った幽助の後姿を見送って、蔵馬とは顔を見合わせた。
「どうしたんだろうね。何か私、悪い事言ったかなあ?」
「さあね。何か、気に触るような事を言った覚えはあるの?」
蔵馬の問いかけに、
「わかんない。多分、大丈夫とは思うけど」
と、言って、は更に首を傾げた。
「今度、会ったら、もし、何か気に触る事言ってたらごめんなさいって、幽助に言っておいてね」
片づけくらいさせてよ。と言いながら、は、食べ終わった皿とグラスをトレイに積み上げると、立ち上がった。
「おや。お皿洗いは大嫌い、やりたくなんか無いって言ってる人が珍しいね。どういう風の吹き回し?」
「いーじゃない。たまには。おかしい?」
ぷいとはそっぽを向いた。
「別に。手伝いましょうか」
「そっちこそ、私が倒れてから、なにかしようとして止めないのって初めてじゃないの?」
すたすたとキッチンへと向かうとそれを追う蔵馬。
「そうでしたっけ?」
「そうよ」
流しのシンクに皿とグラスを移動させて、洗い桶につけると、食器洗い用のスポンジに洗剤を振って握り締める。
「そろそろリハビリさせても良いかなって思ったんだけど、そんな事いうなら、もう少し先延ばしにしようか?」
大嫌い、と宣言している割りにはそれなりに手馴れた手つきで皿を洗い出したを後ろから手を回して蔵馬は抱きしめる。
「しなくて結構です。それよりも蔵馬、手、離して。洗いにくい。邪魔」
味も素っ気も無い口調では返事をすると、目の前の皿を洗う事に集中しだす。
「つれないなあ」
「手伝う気無いなら、おんぶお化けは止めて。邪魔なんだから」
いつから種族換えしたのよ。貴方は狐でしょと辛辣な言葉がぽんぽんと飛ぶ。
「にくっついてられるなら、それも良いかなあ」
「何馬鹿な事言ってるの?全く!邪魔するんだったら、どっか行って下さいな」
流石に刺のある声で言われたのが少しはこたえたのか、蔵馬は回していた腕を解くと、二人羽織のような状態のまま、洗い終わって洗剤の泡で包まれている皿やグラスを流水ですすぎ始めた。
「蔵馬〜」
「なに?」
「手伝ってくれてるのはありがたいんですけど、やっぱり邪魔」
こんな体勢じゃ、洗い難くってしょうがないもんと口を尖らせる。
「リハビリだから、これくらい、ハンディとして良いんじゃないの」
「意地悪〜」
「意地悪言った覚えはないんですけどね」 |