「わぁ、きれ〜い。皿屋敷の街が、こんなに夜景綺麗だなんて、知らなかった」
今日はイブ当日。時は夜。日付が変わるまでには、まだ数時間の余裕はある刻限。眼下に広がる美しい夜景に、が驚嘆の声を上げる。
「綺麗でしょう?結構穴場なんですよ。」
「穴場って‥‥こーゆー場所、『普通の人』は来れないし、その前に知る事も出来ない、でしょ?」
「まあ、そうですね。『オレ達だから』来れる場所です」
二人のいる所は、皿屋敷市街を一望できる山。山頂近くの大木の梢付近。普通の人間であるならば、到達はまず不可能であろう場所。普通の人間が普通にこの木に登っても、ここに来るのはまず無理そうな、そんな所だ。
「‥‥あまり身を乗り出すと、足元危ないよ?」
枝の先へと足を進めるを蔵馬が嗜める。
「大丈夫よ。落ちないわ。それに、落ちても平気。『普通の人』じゃないんだもの」
「『普通じゃなく』てもこの高さだと、怪我しますよ?」
「怪我したって、蔵馬がいるもの。治してくれるでしょ?」
くるりと振り向いて、悪戯っぽい微笑。
「もしかして、してくれないの?だったら、自分で治すわ。治癒の術なら使えるもの」
小悪魔な微笑みのまま、更に一足枝の先へ。
「どちらも、やらないし、やらせないよ」
手の届かない所に行く寸前で、ほっそりした腰に手を回し、言うと同時に自分の元へと抱き寄せた。
「きゃっ」
予期しない行為に驚きの小さな悲鳴。
「もう!いきなりこんなことしないで!びっくりするから」
首を捻って抗議の言葉を紡ぐ
「危ないっていったのに、言う事聞かないからだよ」
「大丈夫って言ってるのに〜。私が普通の女の子じゃないの知ってるくせに、蔵馬ったら過保護なんだもん」
「そうですよ。オレは過保護です。それが何か?」
抗議を無視して、腰に回す腕に力を込める。
「それよりも、そろそろ車に戻りましょうか。風も出てきたし。も寒いでしょう?」
「ん?まだ寒くないよ。もうちょっといても大丈夫」
「その割には、手が冷たくなってますよ」
「確かに手は冷たいけど、まだ身体は冷えてないから平気よ」
「手みたいに身体の末端が冷え切ってるって事は、そこから体温が逃げてるって事だから、過保護なオレとしては、が風邪をひく前に部屋に連れて帰りたいんだけど?」
の返事を待たずに蔵馬はをお姫様抱っこで抱き上げると、足元の枝を蹴ってふわりと宙に飛ぶ。そのまま次々に枝を蹴って宙を舞い、車の止めてある道路脇に人一人抱えているとは思えない身軽さで着地した。
「さ、乗って下さい」
助手席のドアをあけて、言う。
「もうちょっと、夜景見ていたかったんだけどな」
ちょっと拗ねた様子。
「部屋に戻ったらシャンパンが待ってますよ。」
「本当?!」
「足りなかったらシュワルツカッツも。好きでしょう?それからフロマージュフランに、各種ジャムと果物も、冷蔵庫での帰りを首を長くして待ってます」
「猫ちゃんも?そっか〜。だったら帰る♪」
一瞬で機嫌を直して助手席へと滑り込む。その変わりようの落差に微苦笑を浮かべつつ、蔵馬も運転席へと乗り込む。ドアを閉め、イグニッションキーを回しかけて、ふと手を止めた。

「なあに?どうかしたの?」
無邪気な声でこちらを向く。
「ちょっと思い出した事があって」
蔵馬の表情は光の加減ではっきりとは見えない。
「思い出したことって?」
「ええ、君に返すものがあったなって」
「え?なにそれ。覚えが無い、けど?」
不思議そうな声。
「私、何か蔵馬に貸してたもの、あるっけ?」
「あったんですよ。返しますから、目をつぶってくれる?」
「何で目をつぶるの?このままじゃダメ?」
「いいから、目をつぶって下さい」
重ねていわれて、は素直に目を閉じた。表情豊かな大きな目が閉じられると、今まで目立たなかった花弁のような唇が、急に目をひく存在となって現れた。
遮られた視界の中、唇に柔らかで暖かななにかが触れ、重ねられて、離れていく感触。
「え‥‥‥なっ、今、なに、したの。えっ?!」
予期しない出来事に、唇を押さえてうろたえる。起こった出来事を理解しようと、混乱した頭を一生懸命働かせる。
「‥‥え?‥‥っと。え?ええ〜〜〜〜っ(照)」
声を上げた唇は、やや落ち着いたトーンの淡いキュートなピンクのルージュがひかれて、唇本来の色を更に艶めかせ、ますます花弁に見える。ようやく、自分の身に何が起こったかを、理解したようだ。
「言ったでしょう。借りたものを返すって」
「借りたものって‥‥」
「リップ。この前、借りたでしょう」
「え?え?」
「もう、無くなっちゃって残ってないかもしれないけど」
「あ‥‥」
全ての状況をようやく理解して、の顔が、夜目にも鮮やかな濃い桜色に染まる。
「蔵馬ずるい〜〜」
「何がです?」
「ひどいよ〜」
袖を引っ張る
「ひどいひどいひどいぃ〜〜」
「何がひどいの?」
「だって、こーゆーの‥‥」
「こーゆーことされるの、嫌?嫌い?」
「嫌とか、そんなんじゃなくて‥‥でも蔵馬ひどい〜〜」
「シャンパンと猫が待ってるよ。そろそろ行こうか」
「あ〜っ、そう言ってはぐらかすんだから〜ずるぅ〜い」
唇を尖らせて抗議するを尻目に、蔵馬は今度こそ車をスタートさせた。
 コメントと言う名の言い訳
ええ、どこがクリスマスじゃと言う声が聞こえそうなのは分かってます。無理やり時期だけクリスマスにしただけ、なのかも。でも、夜景とかイルミネーションとかってクリスマスの風物詩じゃありません?ね?ね?(涙目)
そして、裏サブタイトルは実話ネタシリーズその2。他人様をネタにしてばかりじゃなんなので、今回は自分の体験で生き恥を晒す事にしました(笑)学生時代付き合ってた彼氏とのエピソード。その彼に初めてキスされた時の事が元ネタです。だいぶ状況とか時期とか色々脚色してるので、まんま100%じゃないですけど(笑)でも、『ええ、君に〜』と言う南野のセリフからあなたが悲鳴を上げるとこまでは、セリフの内容とかにいろいろ違いはあるけれど流れはほぼ再現でした。場所も彼の車の中だったし。そして真面目に何が起こったか分かんなかったんだよね。あの時(w;; とゆーか、キスされた当時は、まだ『お友達』な関係で、完全に私の片思いでした。このキスがきっかけで付き合うようになったんだよね(笑)その彼とは別れて何年かたつんですけど、幸せでいてくれてたら、いいなあって思います