『運命の出会い』と言うものは別にその対象が人でなくてはならない、と言う事は必ずしも無いのだ。それは、本だったり、美術品だったり、洋服だったり、と、人ならぬものであったりするのは、割とよくある話と言うもの。とあるセレクトショップのショーウィンドウを穴の開きそうな程眺めると、蔵馬と待ち合わせ中のは盛大にため息をついた。
視線の先には、上品な光沢のあるサテン地で出来たシルバーグレイのシンプルなノースリーブのワンピースに、淡いブルーの淡水真珠を使ったボリュームのあるネックレス風チョーカーを身に着けたマネキン。ウィンドウの下、マネキンの足元には5桁後半の数字が提示されており、それとワンピースを見比べると、はもう一度盛大にため息をついた。
欲しい‥‥欲しいけど‥‥高いっ‥‥高いし、こんな『ドレス』って言っても良いような服なんて、いつ、何処で着るのよっ(汗)買ったって、タンスの肥やしになるだけよ。落ち着きなさい。冷静になるのよ。着る当ての無い服に大金はたいてどーするの?それに、あのワンピース、結構仕立が細身みたいじゃないの。自分の体型で着ちゃったりなんかしたら、見苦しいだけよ。ええ。いい事、、すっぱりと諦めなさい!買うのなら、別の服にするのよ!!頭を一つ振って、葛藤を振り払う。そして、他の服を吟味し始めたその時、
「ごめんね、。待たせたかな?」
その時、待ち人が彼女の愛する人の姿をとって現れた。
「え?!あ‥‥蔵馬。そんな事無いよ。私、自分がお買い物したいから早く来てただけだもの」
今まで自分が行なっていた、ある種挙動不審な葛藤の一部始終を見られていたのかも知れないと思うと、結構冷や汗モノなのだが、待ってはいないと蔵馬に答えつつ、携帯を取り出しては現在の時間を確認する。
「まだ劇場の開場まで、大分時間あるよ。これから移動しても、ちょっと早過ぎ、かな」
これから二人が見に行こうとしているミュージカルの開場時刻までは、一時間弱程、時間があった。
「そうだね。どうしようか。お茶でも、飲みに行く?」
「えっと、それでもいいけど、でも、もうちょっとここで服見てていい?」
返事が無いのを肯定と判断したのか、は蔵馬が現れるまで自分が吟味していたスカートを再度手に取った。やや玉虫色の光沢があるモスグリーンのそれは、ロングタイトで、後ろに足捌きをよくするためか、20cm程のスリット入り。値段はやはり5桁だったが、先程が諦めたワンピースとは違い、5桁に足を突っ込んだ辺りなので、買おうと決心すれば買えなくも無い、程度だ。
「ん〜、丈はちょうどいい、みたいだけどな〜」
スカートを当てて店の姿見にその姿を映し、丈の長さをチェックしていると、脈有りと見て取ったのか、店のマヌカンが彼女の傍にすっと近づいてきた。
「何をお探しですか?」
「え〜と、特に、何って事は無いんですけど、良いものないかなぁと思って」
それからひとしきり、マヌカンのお姉さんとととの、これはどうか、アレは似合うと思う、この色は派手かも、ちょっと私には細身過ぎかなぁetc.の『お洋服談義』が行なわれ、一番初めのモスグリーンのロングタイトが再びの手に取られた。
「ねえねえ蔵馬、これ、どう思う?私に似合うかなぁ?」
スカートを当てて、蔵馬の意見を求める。
「うん、それいいと思う。には似合ってるよ」
蔵馬の言葉にの顔がぱっと明るくなる。
「でもね、あっちの方が、には、きっと似合うよ」
にっこり笑って指し示したのは、と『運命の出会い』としてめぐり合ったショーウィンドウのドレス、もといワンピース。
「え‥‥でも、アレ、ステキだけど、でも、タンスの肥やしになりそうだし、細身に仕立ててあるみたいだから、私の体型だと着たらぱつぱつな気がするし、その前にお値段がすごく良いし、だから、もし、万が一きちんと着れて、私に似合ってても、買えないよ〜」
力一杯『着たいけど無理』『買いたいけど無理』を主張するに、蔵馬は表情を変えないまま、
「でも、オレが来る直前まで、あの服の事、じっと見てたでしょう。オレがやきもち妬きたくなる位熱烈な目でさ」
そう続けた。
「え゛‥‥見てたの、アレ‥‥(汗)」
見ようによっては、挙動不審な不審人物として、警備員に怪しまれてもおかしくなかった、あの一連の葛藤を見られていたと分かって、の頬が染まった。
「アレだけじ〜っと見てる位なんだから、あの服欲しいんじゃないの?」
「‥‥‥そりゃ、欲しいよ。‥‥欲しいけど、高いし、服がちゃんと入るかも怪しいもの。だから、いいの〜」
服に対する未練と、彼女なりの『冷静な判断』がせめぎあっているのがありありと分かる返答。そこへ間髪入れずに、
「折角ですから、ご試着だけでもされてみたらいかがですか?」
状況を静観していたマヌカンが、口をはさんだ。
「え‥‥でも、入らなかったらと思うとちょっと‥‥」
なおも渋る。
「着れるか着れないかは着てみないと分からないでしょう?試着するだけしてみたら?」
「そうですよ。折角彼氏さんも着てみたらって言ってらっしゃるし、袖通すだけでもされてみたら‥‥?」
既にお姉さんはマネキンから件のワンピースを脱がせて、試着に必要な準備を整えていた。
「‥‥そう、ね。着てみるだけなら。着てみるだけなら、ただだし、ね」
『冷静な判断』に『未練』が打ち勝った瞬間、だった。
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服の試着をして、ファスナーを上げる瞬間とか、ホックやボタンを止める瞬間と言うのは、いつもどきどきする。ある意味、服と自分との戦いに決着が下される時だからだ。上手く上がったり、綺麗に止まったりすると、その戦いに自分が勝ちかけてるのが分かる。が、目の前の鏡を見る次の瞬間まで勝負はわからない。入ったのは良いけど、二の腕や肩の辺りがぱつぱつだったり、腰周りがぱんぱんに張っていて、しゃがんだ瞬間スリットや縫い目を破ってしまいそうだったりして、見苦しい姿の自分が姿見にいたら、幾ら身体に入って着る事ができても、自分の負けだ。
今回、ファスナーは綺麗に上がった。今の所、何処もきつかったり、ぱんぱんに張ってたりする事は無い。
「お客様、いかがですか?」
尋ねてくる声。
「あ、すみません、今、出ますから」
姿見に映る自分の姿を確認する間もなく、は試着室を出ざるを得なかった。当然、最終チェックは完全には終わっていない。分かるのは、服が可哀想なほど見苦しい姿にはなっていない、と言うことだけ。
試着室備え付けのミュールを足に突っ掛けて、試着室のドアを開く。
「‥‥取り合えず、着れない事は無かった、みたいだけど、どう?」
少し不安げな声。
「お客様よくお似合いですよ。一緒に付けてたチョーカーも付けて見られます?」
するりとの首に、淡水真珠のボリュームあるチョーカーが巻かれた。
ショーウィンドウのマネキンと全く同じコーディネートが出来上がる。そして、それは、本人が危惧していたのとは、全く逆の結果を生み出した。
「‥‥すごく似合ってる。服とチョーカーがを待ってたみたい」
数回瞬きをして、ため息がやや混ざったような蔵馬の声。
「‥‥まるであつらえたみたいにぴったり」
店員の賛辞は、一瞬息を飲んだその後に発せられた。その賛辞を話半分に聞いたとしても、にそのコーディネートが似合ってると言うのは、間違いない事実。
「こんなにマネキンのディスプレイがぴったりあう方も珍しいです。マヌカン冥利に尽きますね。そうだわ。このストール羽織って見られません?ドレスと同じシルク(素材)で出来てますから、きっとお似合いですよ」
店員はそう言って、薄く透けるインドシルクのストールをいそいそと持ってきた。色は生成り色で、クリアなビーズと銀のビーズで一面に刺繍が施されている品だ。
がそれをふわりとはおると、また、マヌカンと蔵馬、二人の口からはため息が一つ。二つ。
「‥‥この服だったら、髪を下ろしてた方がよりいいですよね?」
「ええ、その方が似合うと思います」
既に、本人はそっちのけで、目の前に現れた『モデル』をより一層綺麗に見せるにはどうすればいいか、と言うのを語り合っている、蔵馬とマヌカンのお姉さん。
「ごめんね。、ちょっと髪ほどいてくれる?」
「え?いい、けど?」
状況が完全には把握できてないまま、は、きっちりと纏め上げていたポニーティルを解いた。普段重力に逆らって纏められている長い髪が、自らの重みで本来の姿へと戻る。髪がストレートのロングヘアに戻った事で、ポニーティルの時よりも大人びた雰囲気がに加わった。
「じゃ、これ、トータルで頂きますから。すみませんがタグは切ってもらえます?もう、このまま着ていきたいので」
「はい。承知いたしました。ありがとうございます」
耳に入ってきた会話に、それまで唯々諾々とモデルをしていたが我に帰った。
「え?ちょっと待って蔵馬。これ、高いのに、買えないって(汗)」
ワンピース一枚だけでも5桁後半だったのだ。それにチョーカーとストールが加わると、一体幾らになるのだろうか。もしかしたら6桁に足を突っ込んでるのかもしれないが計算もしたくない。
「こんなにに似合ってるんだから、これはもう買わないと服にもにも申し訳ないし」
「え?蔵馬、だって、こんな高いもの‥‥」
「いいんだって。オレが買いたいんだから」
一連の押し問答の間に、の身に纏っている服やストールからタグがぱちぱちと切られる。
「失礼します。こちらにサインをお願いできますか」
そして、会計作業もその間につつがなく終了してしまったのだ。
「蔵馬‥‥もう、お金払ってたの‥‥?」
知らぬ間にカードを切っていたらしく、伝票にサインをする蔵馬に当惑し切った様子の。
「綺麗な服があって、それを着たら本来の魅力がさらに引き立つ女の子がいて、更に、その女の子が自分の彼女だったら、もう、これは買わないと。ねえ」
「でも、それにだって、限度ってものが‥‥」
なんと言うか、相手に予想外の大出費をさせてしまって、困惑と申し訳なさをベースに正直、欲しかった服がおまけつきで手に入ってしまった嬉しさが隠し味になった声の。
「たまには、ドレスアップしたをこれがオレの自慢の彼女です、って、世間様に自慢してみたいんだけどね。オレも」
いけしゃあしゃあと、ある意味とんでもない発言をしてるあたり、購入が、の意思とか意図とかを考えてない確信犯的行動だと言う事がわかる。ドレスアップに関係なく自慢はいつでもしたいけどね。と付け加える辺り、決定的だ。
「きっと劇場にいる人がみんな振り返るよ」
「そんなはず無いって(汗)」
「やって見なければ分からないでしょう。さ、もう、そろそろ時間も良いし、劇場に行こうか」
じゃ、お騒がせしました、と、一言声をかけ、片手にはが元々着ていた服を詰めた紙袋。もう片方での手を取ると、蔵馬は『モデル』のお披露目の為に歩き出した。 |
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コメントと言う名の言い訳
バレンタイン記念、と一応銘打ってますが、バレンタインそのものとは全然関係ない話だったりします(笑)裏サブタイトルは、実話ネタシリーズ(爆)ええ、友人(男)から聞いた話なんですが、友人が彼女と買い物に行って、とある服屋でマネキンが着てる一式を彼女が試着したら、店員も唖然とする程、彼女本人にぴったり似合っていたので、財布の中身を省みずについ彼女へ買ってあげてしまった。と言う、なんともごちそうさまな話が元ネタです。
後で、財布にブリザードが吹いて大変だったそうですが‥‥(w;;
一応、ネタにする許可は取ってます。L氏ありがとーm(__)m
そして、5桁後半、下手すると6桁行きかねない額を平然と払ってる南野って‥‥(=w=;;
きっと、昔溜め込んだお宝を現金化したやつが、スイス銀行の秘密口座辺りにストックしてあるに違いありません!きっとそーです!だからカードはきっとゴールドかプラチナ‥‥(マテ)でないと説明がつかないってば。この金回りのよさっぷりは(汗) |