SweetlyPain











 あんな顔なんか、見た事無かった。
 あんな顔なんか、見た事無かった。
 あんな顔なんか、見た事無かった。
 だから、どうして良いのか分からなかった。
 だから、どうして良いのか分からなかった。
 何をどうすればいいのか。分からない。分からない。分からない。
 分からない。分からない。分からない‥‥。




















その日は、もう、どうしようもなく、疲れてて。結婚退職した女の子の代わりが入って来るまでのヘルプだから、と言う但し書き付で自分が所属している部署と、隣の別部署の営業事務の掛け持ちを頼まれて、一月と半分が経つ。確かに、その時、自分の所属部署は大きな仕事が一つ片付いたばかりで、だから、比較的余裕があって。そうでなくても、この不況、会社からの指示にNOなんて言ったら、どうなるか。事務系OLなんて今時派遣社員とパートで全部固めてる会社だってあるのに、ちゃんと正社員として採用してくれて、お給料も高くは無いけどそれでも、分不相応な贅沢さえしなければ何とか1人暮らし出来る位は貰えてて。土日祝日はちゃんとお休みで。営業担当の社員と違って、お使い以上の外回りが無いから、残業だって、程々。どんなに遅くなったって、日付が変わる前には家に帰り着ける。この不況な時代、自分が結構だいぶかなり『恵まれた環境』なOLだと言う事も、そう言う環境で仕事やってられるのが、相当ラッキーな事は、十二分に自覚してるから。だから、文句なんか言えなかった。
だとしても、人間だから、疲れはたまる訳で。同じ事務作業でも、部署が違うと、流儀も違うし、基本的な作業は同じでも、その部署が扱っている事柄に対する知識もいるし。人間だから、苦手なタイプの人とか、どうも『合わない』人がいるのはしょうがない訳で。愚痴だって弱音だって、吐きたくなる。入社して3年目。もう、新人の女の子、ではない。そこそこの働きは期待される時期だ。職場で泣いたって、もう、誰も同情してはくれない。
「あんなのって、ひどい。ひどい。ひどい‥‥」
呟きながら、かつかつとパンプスのヒールを必要以上に鳴らしては家路につく。独り言でも何か口に出して喋っていないと、涙がこぼれてきそうだ。ようやくたどり着いた自分の部屋の鍵を開け、部屋に駆け込んだ。玄関でパンプスを脱ぎ散らかして、部屋の明かりをつけるのももどかしく、ベッドに向かって一直線に突き進む。スーツのスカートに皺がよるのも、気にせずにベッドに倒れ込んだ。放り出された通勤用のトートバッグが床に落ちるのも気にしない。家に帰るまでずっと堪えていた涙が堰を切ったようにどっと溢れ出す。すすり泣きの声が、1人きりの部屋にこぼれる。掛け持ち先の部署に、部長さえ頭の上がらない、その部署の主としか言い様の無い、お局様がいるのは知っていた。そのお局様に目をつけられると、その部署にいるのは地獄の苦しみだと言う事も。だから、十分気をつけてたつもり、だったのに。なのには『目をつけられて』しまったのだ。
最初は、多分ほんの些細な事、だったはずだ。お客様へ出すお茶を入れる時、お茶の葉の量を注意された。そんなにたくさん葉を入れると勿体無いわよ。と言うお局様に対して、すみませんでした。この位入れた方が美味しいお茶が入ると思ったものですから‥‥とか何とか答えた、それだけの事。
でも、それが、どうしてだか、彼女の逆鱗に触れてしまった、らしい。それを皮切りに、影に日向にお局にいびられる様になって。
「私、何も、悪い事、してない、のに‥‥」
しゃくりあげながら呟く。
職場の雰囲気を壊さない程度にルーズな纏め髪をだらしないと言われて、お団子にひっつめさせられたり、パンツ姿で通勤するのがみっともないからスカートで通勤するようにと、だけ言われたり、ミスコピー1枚でねちねちと絡まれて備品泥棒と呼ばれたり‥‥もう、一つ一つ上げていけばキリが無い。もう、何か悪い事があったり、仕事で小さなトラブルがあったりすると、みんなの所為にされて。見かねた同僚や、上司が助け舟を出してくれたら、今度はロッカールームで、言いたい事があるなら他人に言わさずに自分で言えだのなんだのとねっとりとイヤミ。
始めのうちは、何とかしようと思った。相手も同じ人間なんだから、ちゃんと話して見れば分かると思っていたのだ。でも、ダメで。の話をにこにこ笑って聞いてくれて、ああ、分かってくれたんだ、と思っても、それは見せかけ、と言うか、その時だけ、というか。ほんのしばらくだけに『目をつける』のを止めて、でも、その日のうちにまた同じ状態に逆戻り。慣れない掛け持ちの仕事だけでも疲れるのに。こんな風ににちくちくと陰湿にいびられたら、いやがおうにも重圧は上がって。相手に何か言われないように、びくびくと神経を尖らせながら、本来の仕事と、ヘルプの仕事と、いつもこなしているより、少なくとも1.5倍近い量の仕事をこなさなくてはならなくて。身体の疲れも、精神的なストレスも、もう、ギリギリ限界だった。
「もう嫌。もう嫌。あんな人と、もう‥‥」
涙が後から後からこぼれて止まってくれない。