「飛影。靴脱いでよ」
呆れたような口調では言った。
「窓から入ってくるのは我慢できなくも無いけど、この部屋は土足じゃないって、いつも言ってるでしょう?」
「うるさい」
口答えはしたものの、飛影は彼女の言葉に従ってしぶしぶ履いていた靴を脱ぎ捨てた。
「今日は何しに来たの?」
飛影がこの部屋に来るのは、何か用のある時だけなのだ。
「見れば分かる」
飛影は着ていたコートの袖をたくし上げて、ずずいと腕をの目の前に突き出した。唐突に差し出されたそれは二の腕の辺りが殆ど乾きかけた血でべっとりと染まっていた。
「ちょ‥‥飛影。どうしたの。それ」
「なんでもない。かすり傷だ」
「手当てしないと。準備してくるから、コート脱いで」
目の前の光景には一瞬絶句すると、薬箱と湯やタオルなどを取りに行った。手早く準備を整えると、タオルをぬるま湯に浸して絞り、べっとりとこびり付いた血をぬぐっていく。赤褐色が拭い去られると、ざっくりと斜めに切れた傷口が現れた。出血は既に止まっていて、見た目の判断でしかないが、傷も深くなければ、筋肉や腱、骨への損傷は無いようだ。
「‥‥思ったほど酷くないね」
傷口を見ながら、は少しほっとした様に言った。
「じゃ、傷消毒するから、痛かったら言ってね」
傷口を消毒し、化膿止めの軟膏を塗って、ガーゼを当て、包帯を巻いていく。一連の作業の間、飛影は一言も口を聞かなければ、痛みを訴えることも、顔をしかめたりする事もなかった。
「はいおしまい」
包帯の端をしっかり結んで告げると、手当てに使った道具や薬箱を片付けながら、は飛影に問い掛けた。
「ねえ飛影。何で私の所に来たの?私だと、たいした手当てできないよ」
「黙れ」
「蔵馬の所に行った方が良いのに。向こうの方が、薬だっていい物が沢山あるし、私なんかよりも、蔵馬の方がずっと適切な手当てが出来ると思う」
「うるさい」
飛影は心底うざったそうに言うと、立ち上がった。
「飛影?」
「寝る。起こすな」
遠慮会釈のかけらもなしに飛影はの部屋のベッドに潜り込んだ。
「‥‥‥他人に傷の手当てなんか頼んでたまるか」
布団に包まって、背を向けたままで、ぼそりと飛影の言葉。
「え‥‥‥?それって‥‥?」
が言葉の真意を問いかけようとした時には、飛影は既に眠りに落ちていた。
「もう‥‥」
仕方がないな、と言う様にため息。
「今の言葉、そのまんまの意味にとっちゃって、イイの?飛影」
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