「‥‥と、言うことがあったんだけどね」
そう王子は、自分の目の前にいる幾つか年下の友人に向かって言いました。
「ふーん。なかなか面白れえ目にあってきたなあ。蔵馬」
答えたのは、王子を招待した張本人、大将軍雷禅の息子、幽助でした。彼は、2年程前まで武者修行と称して諸国を回っており、王子とはその時に知り合ったのです。気さくで裏表の無いさっぱりした性格の彼は、お互いの身分を気にすること無く、ただの友人として、市井の若者同士の様に王子と付きあってくれる数少ない人間の一人でした。
「まあね。もっとも、その娘さんのおかげで、こうやって無事に君に会えた訳だから、感謝してるんだけど。もしかして、心当たりがあったりしないかな?」
「‥‥お前の話だと、その若い娘って言うのは多分、奥仕えの近衛の姐さん連中の誰かっぽいけどな〜。良く分かんねえ」
王子の問いかけに、幽助は余り自信のなさそうな様子で答えました。
「なんだ。君なら知ってるかと思ったのに」
「オレ、城には用が無いと行かねえもん。親父なら、城詰めだからなんか知ってるかもだけどさ」
幽助はそう言うと、椅子に座る足を組み替えてから、明日、城に行って見るか?と水を向けました。
「お城ねえ‥‥。オレの素性がばれなければいいんだけど。せっかく羽を伸ばしに来てるんだから」
「ん〜と、それは多分心配いらねえ。今、城には、例のお触れのせいで、オレ達位の若い男がうじゃうじゃ顔出してるから、それにまぎれちまって分かんねえよ。きっと」
幽助は、なんとなくどこか投げやりな口調です。何か気に食わないことでもありそうな様子でした。
「例のお触れって‥‥、あの呪われたお姫様が云々ってアレのこと?」
「うん。そう。ま、オレ、誰が姫さんの婿になろうとど〜でもいいんだけど。でも、失敗したら即、首切れって言うのだけはヤだなあと思ってる」
そこまで言うと、幽助は頭をがりがりと掻いて、彼にしては珍しく、一つ大きなため息を付いてから更に続けました。
「毎日の様に処刑される奴が出て、町中に生首が転がるんだぜ。オレ、こんなんでも城下の守備タイチョーとかやってるだろ? 町の連中に何とかしてくれって言われるけど、オレ一人じゃ、どーにもなんねえ。くだらねえよ。あんなお触れ」
「オレは、その前に、『呪われた』ってこと自体、眉唾だと思ってるけどね。政略結婚が嫌だから、姫が適当なことを言って駄々をこねてるだけだと思うな」
幽助の言葉も辛口でしたが、それに続いた王子の言葉はそれに輪をかけて辛辣でした。
「えっと、それが『呪われた』のだけは嘘じゃないんだなあ、これが」
「そうなの?てっきり、姫の付加価値を上げるための嘘だと思っていたよ」
幽助の言葉に王子は驚いて彼の顔を見返しました。
「オレの生まれる前の話だから、直接は知らねえけど、魔法使いが城に来て、姫さんに呪いをかけたのは本当のことなんだぜ。うちの親父はその場にいて、起こったこと全部見てるんだ。親父のこと、お前も知ってっから分かるだろーけど、親父、くだらねえヨタは飛ばしても、大事なことでは嘘つかねーもん。だから、姫さんが呪われてるのはガチで本当だ」
幽助はここで言葉を切るとテーブルに置かれている金属製のゴブレットを手にして、中の飲み物を一息に飲み干しました。
「魔法使いが呪いをかけようとした時、親父、魔法使いをぶった切ろうと思って動いたけど、王妃様が近くにいて、巻き添えになりそうだから迷っちまって結局は斬れなかったってさ。くよくよなんて言葉も知らねえうちの親父が、これだけは、未だに酔っ払うと愚痴るんだよ。あの時、王妃様の事なんか考えずに魔法使いをぶった切っておけば、姫様は呪われずに済んだんだって言って、オレを相手に潰れるまで飲むんだぜ。付き合わされる方にしちゃ、やってらんねえよな」
また一つ、らしくないため息をついて、幽助は肩をすくめました。
「ふぅん。そりゃ、王も王妃もこんな馬鹿なことをしたくもなるよねえ。跡取りは姫一人なのに、肝心の姫が呪われていたら、跡なんか継がせられないものね。跡取りの座と国をエサに、それに目がくらんだ人間の中から、国を治めるにふさわしい才覚のある者を選んで姫もセットで押し付けてしまおうって事か。一国の統治者としては悪くない判断だよ」
「‥‥蔵馬、それ、ほめてんのか」
「勿論褒めてるんだよ。幽助の言う通り、血生臭すぎるきらいはあるのは、ちょっといただけないけど、それ以外はなかなか立派な策略だよ。国に帰ったら、オレもこの手を使ってみようかな?そうすれば、身を固めろって大臣連中から追っかけ回されないで済むかも知れない」
そう言って、王子は声を上げて笑いました。
「大体、君の招待に乗ったのだって、宮中で義父上(ちちうえ)が亡くなった後、オレと義弟(おとうと)どっちにつくかって大臣以下貴族と役人がごちゃごちゃしてるのと、オレのお妃候補になったつもりで騒いでいる毛並みだけ綺麗な籠の鳥の群れにうんざりしたからだもの」
まだ義父上は、元気で政務を執っていて、少なくともあと20年は死にそうにないのに、今から死んだ後の事をどうこうって言うのは失礼な話だよ、そう続けて、王子もゴブレットを手にすると口を湿らせました。
「その前に、オレは確かに第一王子だけど、母さんの連れ子だから、王位を継ぐ資格がそもそも無いのにね。本当の跡取りは、義父上の実子な義弟の方だよ。義父上がオレを跡取りだと正式に指名して内外に公表するか、今義父上が急死するか、どっちかで無い限り、オレが王位を継ぐことは無い」
そしてそのどっちも当分無いだろうから、こうやって羽を伸ばしに来てる訳だけど、と更に言葉を継ぎ足すと、王子は皮肉っぽい笑みを浮かべました。
「お前んとこはお前んとこで、何か大変そうだなあ‥‥」
幽助は空っぽのゴブレットをもてあそびながらしみじみと言いました。
「大体、義弟はまだ子供で、成人するまであと5年はかかるし、オレは義父上や後を継ぐ義弟の補佐役で十分満足だ。父さんが亡くなって宮仕えに出た母さんが、義父上に見初められたから、たまたまこう言う身分に成ってるだけで、本来オレは、君とそう変わらない身分だもの。王様なんて柄じゃないさ」
「その割に、お前、『王子様』って言葉を絵に描いたような面してるけどな」
さりげなく鋭い突っ込みが幽助から入りました。
「それはありがとう。ま、見た目は持って生まれたものだから、しょうがないよ。おかげで、色々重宝もしてるけど、その分苦労もしてる」
王子は眉をひそめます。『重宝』はともかく『苦労』の方は本当に嫌なようです。
「昔、お前んとこ言った時見たよ。子供から綺麗なお姉ちゃんから、姥桜までよりどりみどりで、付け回されてたもんなあ」
その光景を思い出したのか、幽助はけらけらと声をあげて笑いました。
「‥‥うらやましいなら、いつでも代わってあげるよ。オレの見た目と身分に自分たちの身分や権力しか見えていない孔雀やこうもりの群れが、どれだけ愚かで退屈なのかがよぉっく分かるから」
王子の声には笑いが含まれ、口調も穏やかなものでありましたけれど、言葉の内容はそれに反比例する、冷たく毒のあるものでした。
「‥‥ソレハツツシンデゴ遠慮サセテイタダキマスデス。ハイ」
顔を引きつらせて答えた幽助は、目の前の『王子様』が自国の名前通り、大輪の薔薇の花のような美しくたおやかな見かけと共に、触れた者を引き裂く鋭い刺を隠し持っているのだと言う事を改めて認識しなおしたのでした。
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