あなたが目を覚ます前に
もう少しだけ見とれさせて
Song by:The Gospellers/『Moon glows(On You)』



ベッドサイトの時計を手にとって、蔵馬は時刻を確かめた。夜明け‥‥にはまだ1時間単位で暇がある時刻を時計は示している。部屋の中はまだ暗い。『普通の人間』だったらこの光量だと多分、何も見えないに等しいだろう。もしかしたら、東の空は白み始めているのかもしれないけれど。
こんな時間に目が覚めたのは偶然。寝起きは悪くない方だし、早起きも夜更かしも苦にならない方。だけど、この時間に目が覚めたのは本当に偶然。何気なく隣に視線をめぐらすと、傍らで安らかな寝息を立てているのは、何よりも大切な存在の姿。
‥‥」
起こさないように小さく名前を呟く。
枕の上にほんの少し寝乱れて広がる髪。血色のいい肌の色。目覚めているその時はめまぐるしく表情を変えて、蔵馬を楽しませてくれる万華鏡のような二つの瞳は今は閉じられていて、は安らかな、満ち足りた表情を浮かべて眠りの園にいる。

もう一度名前を呟く。ワインを舌の上で転がして、その芳醇な味を楽しむ時のように。
誰かの名前を呼ぶ。誰でもやっている日常のありふれた行為。特別な技術も才能も必要ない、ただ、誰かの名前を口に出すと言う、それだけの事がこんなにも自分を幸せにしてくれると言う新しくて嬉しい驚きを自分に教えてくれたのは彼女。
そう、がいると世界が変わるのだ。見慣れきった街のどこかくすんだような風景さえ、彼女がその中にいると、とたんにまばゆい光が溢れる鮮やかで新鮮なものに変わる。『恋をすると世界が変わる』なんて結構古臭くて胡散臭いその言い回しが少なくとも、自分にとっては真実だったのも、意外な発見で。
だから、彼女が自分以外の人間に対してかける言葉の一つ一つが、見せる表情の、態度の、しぐさの、一つ一つが、気にかかる。
彼女が自分以外の人間に対して笑顔を見せるだけで、心のどこかがざわつく。親しげな態度を取るだけで、なんだか気分が悪い。誰にでも、明るく快活に友好的に接するのは、の、自分が本当にいとおしく思っている長所の一つ。だから、見ず知らずの他人に対してまで、親しげに接する彼女を見るのは、本当に楽しい事のはずなのに。
なのに、どうしてこんなにも、心がざわついて、不快感を訴えるのか。
が自分の、それも同性の友達に、またねと手を振って笑う姿を見かけて、その笑顔を向ける相手が自分でない『別の誰か』であることに、どうしようもない焦燥感を抱いている自分に気がついた時、それと同時に、今まで意識的にも無意識的にも自分の中に生まれている事を見ないふりをして、無い事にしてきたとある感情――嫉妬という感情が自分の中にあることを自覚せざるをえなかった。
「このまま、時間が止まれば良いなんて、思っちゃダメ、なのかな‥‥」
呟いて、あまりにも子供じみた自分の発想に苦笑する。このまま、ずっとこのまま。誰の邪魔も入らない、2人だけのままで止まった時間。誰の目にも触れない、自分だけの。その想像は、本当に甘くて蔵馬をその甘味で痺れさせるには十分すぎる物だったけど、そんな事が自分に出来ない事なんかとっくの昔にわかっているから。



だから
あなたが目を覚ます前に
もう少しだけ見とれさせて




カーテンの隙間から、一筋、夜明けの光が差し込む。暗い部屋の中を切り取るようなそれは、ちょうど眠っているに対するスポットライトのように、彼女を照らし出した。眠っていてもまぶしさを感じたのだろうか、僅かに身じろぎをして、まるで光を避けるかのように、は寝返りをうった。仰向けから、横向きに姿勢を変えたの唇が夢でも見ていたのだろうか、言葉を紡ぐ。

蔵馬

だいすき

それは、声にはならなかったけれど、声に出なくても、何を言っていたのか、それを見つめる蔵馬にははっきりと分かるもので。
「‥‥‥馬鹿みたいだな。オレ」
破顔一笑して蔵馬は髪をかき上げた。自分がくだらない嫉妬に駆られている時に、嫉妬の対象たる自身は、夢の中でさえ、自分の事を愛してくれている。
「つまらない事考えてごめんね」
を起こさないように細心の注意を払って、そっとそっと眠っている彼女の頬にキスを落とした。あと少しで、完全に夜が明ける。2人きりの夜は、もうすぐ終わって、は『蔵馬だけの』から、『他の誰かのものでもある』になってしまう。こうして、独り占めに出来る時間も、あと少しだけ。

だから。
蔵馬はその名残を惜しむかのように、もう一度、の頬にキスを落とす。自分の名前を呼んで『大好き』と呟いた唇には、キスを落とせない。落とした瞬間に、彼女が目を覚ます様な気がしたから。





そして
あなたが目を覚ます前に
もう少しだけ見とれさせて
二人きりの甘い夜が
窓の外に消える前に








コメントと言う名の言い訳
秋光:『萌芽様ようやくキリリク出来ました。長い間お待たせした挙句、こんな短くもへっぽこなもので申し訳有りません。リクエスト通りの物が出来上がっているか、力一杯アヤシイ上に、萌芽様ぐっすりおねむの眠り姫で全く南野と絡んでなくって申し訳ありません。萌芽様に限ってお持ち帰りOKですので、こんなモノでよければどうぞ‥‥。返品は無期限で可能です。ええ。本当に申し訳ありません(土下座)』
蔵馬:『‥‥全く。一体何ヶ月かかってるんです?幾ら遅筆だからって言っても、通常の貴女のスピードなら、2000字そこそこなんて下手すれば一晩で書ける量でしょうが』
秋光:『だってぇ、難しかったんだもん‥‥嫉妬する蔵馬なんて、どういう状況ならそうなるんだろうって、随分悩んだんだもの。あんまりくだらない嫉妬なんかしないでしょ?蔵馬はつまらん事でいちいち目くじら立てるようなおこちゃまじゃないでしょ?出来た大人の嫉妬って難しいよ〜』
蔵馬:『まあ、確かにつまらない事で嫉妬なんかしませんけどね。でも、萌芽の事がどうしてつまらない事になるんですか(にっこり)』(目が笑ってない笑顔を浮かべる)
秋光:『いや、萌芽さんの事がつまらないと言ってるわけでなくって、こう、ちょっと彼女が他の誰かと話したとか、しばらく忙しくて相手してくれないとか、そう言う事でいちいちきぃきぃ騒いで焼きもち焼くようなコドモじゃないでしょ?蔵馬は』
蔵馬:『独占欲は結構強い方なんですが、知ってました?』(相変わらず目は笑ってない)
秋光:『‥‥知ってますよう。知ってますってば。ただ、貴方の度量の広さと深さは知ってるから、そことの兼ね合いが難しくって‥‥』
蔵馬:『とりあえず、シマネキ草と、魔界の吸血植物、どっちがいいですか?死に方位は選ばせて上げますよ(にこにこ)ああ、そうだ、ローズウィップでしばき倒すなんて、歓喜の極地で死ねそうな死に方はさせてあげませんからそのつもりでいて下さいね?』
秋光;『アノ‥‥ワタシマダ、キリリクガタクサン残ッテイルンデ、死ネナインデスガ‥‥(恐怖の為棒読み)』
蔵馬:『馬鹿は死ななきゃ直らないって言うし、一度地獄を見てきたら、少しは性根が座ってきりきり書くようになるでしょう。コエンマと話はついてます。しばらく地獄で反省しておいでなさい。頃合を見て、生き返らせてあげます』
秋光:『え‥‥そんな‥‥ごめんなさい。止めて。許して。お願いぃぃぃ〜〜どっちもいやああああああ〜(脱兎の如く逃亡)』
蔵馬:『逃げ出すって事は、シマネキ草よりはこっちですかねえ』(魔界の吸血植物を召喚)
秋光:『‥‥‥ひぃぃ‥‥
ぎゃぁぁぁぁ‥‥』(断末魔の悲鳴と血を吸われる音が響く)