それから、若干ヒステリーがかった調子ではあったが、は、魔界に来てから今日までの10日間、『退屈を紛らわす』ために城の内部をあちこち探検した顛末を切々と語った。温室では魔界植物危険度ランクEマイナスの部屋を覗き込んだだけで温室の管理スタッフから引き止められ、ジムでは、高飛び込み用のプールで飛び込み台にあがって、ジムの係員から止められ、訓練場では、見学以外の事を禁止され、とどめには商業施設で、蔵馬からの知識で、無害だと分かってる魔界の果物を購入しようとしたら、店主から半泣き状態でやめてくれと哀願されたと。
「‥‥おい、逃げたかったら俺のパシリとして、大統領に会議を日延べしろと伝えろ。この結末を見届けるまでは、仕事に集中なんか出来るか(笑)」
躯は、『重要関係者』の一人で、黄泉が現れたどさくさにまぎれてこの場をこっそり立ち去ろうとした、躯(と書いて上司と読む(笑)の気紛れで、おそらく、彼自身の価値基準では多分『くだらん』の一言で切って捨てるであろう『実写版乙女ゲー』の見物につき合わされた、小さくて黒尽くめで目つきの悪い三白眼をした影‥‥もとい飛影の首根っこをむんずと飛っ捕まえると、そう命令した。
「断る」
「いやなら、俺と一緒に最後まで見届けろ。上司の命令だぞ。逆らったらアレのど真ん中に蹴り込むからな♪」
アレのど真ん中、と言うと同時に、躯は、見た目はわがままを言ってダダをこねる彼女と、その彼女を優しく宥め、諌める彼、としか見えない2人の言い合いを指差した。それを見た飛影の顔が、苦虫を10匹纏めて噛み潰した瞬間、蜂蜜を口いっぱいに突っ込まれたかのような、なんとも珍妙かつ苦渋に満ちたものに変わった。幽助同様、あの二人の言い合いに巻き込まれる事がいろんな意味で厄介な事だと言う事をどうやら過去に身をもって体験しているらしい。
「‥‥みんな、二言目には、『貴女に何かあったら蔵馬殿に対して申し訳が立ちません』って言うのよ!」
約4名の見物客の事など、存在すら認識の範疇に入れずに、声のトーンを1オクターブ上げて、は叫んだ。
「貴方の魔界(ここ)での仕事が終わるまで、後10日もあるのよ!朝から夕方まで、蔵馬は仕事と会議で私は一人だし、夜も、持ち帰った仕事が終わるまで、話し相手もロクにしてくれないでしょう?!約束したってもうイヤよ。退屈でつまらなくって本当に死んじゃうわ!」
口を尖らせる。
「。君は『人間の女の子』なんだよ。癌蛇羅の街中に出て行って、無事で城まで帰って来れる保障が無い。だから、退屈で死にそうでも、外にでるのはダメだ」
「やだ。外に出る。もう、お城の中ばかりですごすのはうんざり」
「城の人間が何かしようとすると止めるのも、、君が『人間の女の子』だからだ。妖怪や魔物と人間は違う。妖怪の『大丈夫』が人間に適用できるとは限らない事は、君も分かってるだろう」
「分かってるけど、外に出たいのっ!」
「オレとの約束も守れない位、は聞き分けが無い子だったっけ?」
やれやれ、と言った口調で問いかける蔵馬。の眉が一瞬跳ね上がり、表情がやや曇った。少々卑怯な手ではあるが、わがままを言う彼女を御するには、相手の罪悪感に訴えかけるのが、一番手っ取り早いし後腐れも無い。向こうも頭では8割方納得はしているのだ。多分。感情が納得できなくて駄々をこねているだけだから、この方法だと、納得できない感情を、彼女自身が自分の内部で折り合いをつけるのにも楽、なはず。
「‥‥じゃあ、どうして、『人間の女の子』を蔵馬は魔界に連れてきたの?」
先程とは逆に、今度は蔵馬の眉が一瞬跳ね上がり、表情がやや曇る。
「魔界がそんなに危ない所なら、どうして私を連れてきたの?」
「それは‥‥」
よどみの無かった蔵馬の切り返しがはじめて途切れた。
「じゃ、質問替えるね。私が『普通の女の子』だったら、蔵馬は私を魔界(ここ)に連れてきてた?」
「答えはNOだね。泣いても駄々をこねても連れて来たりはしない」
その答えを聞いた瞬間、が嬉しそうに、口の両端をきゅっと吊り上げて笑顔になる。どこと無く不敵さを感じさせる笑いで。
「と、言う事は、蔵馬は私が『普通の女の子』じゃないと思ったから連れてきたんだよねぇ?」
「‥‥確かに、君は『普通の女の子』じゃない。それは事実だ。でも‥‥」
にピンポイントで急所を連続貫通されて、蔵馬の返答が湿りがちになる。確かに、本人が『普通の女の子』ではありえないクラスの特殊能力持ちで、万が一危険な目にあっても、大概の火の粉は自力で払えるだろうと思われるのも事実。だから、ついて来ちゃってもいい?と言う彼女のおねだりを聞き入れて連れてきても大丈夫と判断したのは事実。なにより、20日間も無しで拘束されて、デスクワークその他に忙殺されるのなんかたまったもんじゃないと言うのも事実。本当なら、会議でもデスクワークでも実務処理の場でもを自分の目の届く傍において連れて歩きたいくらいなのも。
「私は『普通の女の子』じゃないから、人間の『大丈夫』が通用しない状況でも『大丈夫』よね?」
言いよどんでる蔵馬に向かって、小首をちょっと傾げて、してやったりといった笑顔。『小悪魔』とか『プチ悪女』な笑顔とも表現できるかもしれない。
「ね、ね、いいでしょう蔵馬?私『普通の女の子』じゃないから平気よ。絶対危ないことなんかしない。約束する」
蔵馬のシャツの袖を引っ張りながら、上目遣いでねだる。もし猫だったとしたら、ごろごろと喉を鳴らして擦り寄っているであろう。
「それに、何か危ない目に遭いそうになったらすぐ逃げるから〜」
先程の『小悪魔』ぶりとは一転、計算してるのか無意識なのか、熱心さと素直さをアピールする話し方と声のトーンで。
「‥‥‥今から言う事、約束できるかい?」
根負けしたかのように大きなため息を一つついたあと、に尋ねる。
「ん、大丈夫×2♪」
お気楽な口調に、若干の不安を感じつつ、蔵馬は言葉をつむいだ。
「表通り、それも大きな通り以外は、行かない事。迷子になるから裏通りには絶対行ってはダメ。危険を感じたらすぐ逃げること。自分から危ない事はしないこと。夕方5時までに城まで帰ってくること。発信機を必ず身につけていくこと。いいね?」
「え?じゃあ、外に出てもいいの?」
「今言った事が守れるならね」
の目が、文字通り丸くなったかと思うと、次に満面の笑みがその顔に浮かぶ。
「わぁい♪ありがと〜。だから蔵馬って大好き(はぁと)」
顔中に笑みをたたえて、爪研ぎをする猫か、猫じゃらしにじゃれる猫のように、はぎうと蔵馬の腕にすがりついた。外野の存在はおろか、今現在自分達が人通りの多い、大廊下のど真ん中にいると言う事も、全く意識認識の外に置いて。
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