「‥‥‥終わりましたよ。固定してある腕は1週間は使わないでください。でないと、くっつきませんから」
包帯をぐるぐるに巻かれたの右手を三角巾でつると、蔵馬はいつもの様に冷静な口調で告げた。
「ありがとう。ごめんね。いつも」
はにっこり笑って返事をすると、唐突にげほげほと咳き込みだした。
「大丈夫ですか?」
「‥‥‥‥う‥ん。だいじょ、ぶ‥‥お水、‥‥くれる、かな?」
蔵馬は、傍らの水差しとグラスを取ると、水を注いで差し出す。
「‥‥ごめん‥‥魔界(ここ)の水、今‥‥飲めないの‥‥」
さらに咳き込み続けるの、口元を抑えた手の平に、うっすらと血の混じった唾液がついた。
「ああ、そうだったね。ごめん。オレがうっかりしてた」
彼女の手の平についた薄紅色にはわざと気がつかない振りをして、蔵馬はミネラルウォーターの500mlペットボトルの蓋を開け、手渡した。渡された水をは咳き込みながら、一口、二口と、宥める様に嚥下し、あれた喉を鎮めていく。
「‥‥‥ふぅ‥‥」
ため息が一つ。
「落ち着きました?だったら行きましょう。躯を大分待たせてしまっています」
「うん。そだね」
「立てますか‥‥?ああ、聞く以前の問題でしたね。今の貴女には」
そう言うと蔵馬は、の身体をひょい、とお姫さま抱っこで抱き上げると、歩き始めた。
聞く以前の問題と言うのがどうしてかと言うと、なぜなら、彼女の脚は両方とも包帯やガーゼが其処此処にほどこされ、一目で自力では動けない状態だと言う事が分かるからだ。
「‥‥‥彼は、今度はいつ来るんです?」
躯の居城である城のがらんとした大廊下を歩きながら、蔵馬はたずねた。
「‥‥腕がくっついたら、来る、と思う」
他人事のような口調で返答する。
「やれやれ、またくっつけ直しですか」
「ごめんね。迷惑かけて。もう、私は、魔界(ここ)で暮らす為の耐性維持と今の姿を維持するだけで手一杯で、他の能力(事)に回すだけの霊力(ちから)が無いから‥‥」
淋しげに笑う。
「幽助にこの前会ったんですが、怒ってましたよ」
「そか。そだよねえ‥‥」
「コエンマも呆れてました。閻魔帳の寿命が予定を超えてじりじり増えているみたいですよ」
「うっそぉ。そんな事してたんだ、私」
は、軽口を叩いて今度は自らの外見‥‥17.8の少女の姿‥‥に、似つかわしくころころと笑った。
「自分でも自覚してるんでしょう。バカな事をしているって」
畳み掛けるように、鋭い鋭利な一言。
「自覚してなきゃ、こんな事はしないわ」
憮然とした口調。
「自覚レスでこんな事、やってらんない。てゆーか、自覚レスでこんなコトしてたら、そっちの方が危ないって」
吐き捨てるように言ったの様子を見て、蔵馬はそれ以上質問するのを止めた。自分がやっている事の無謀さと愚かさを、彼女自身が理解している事も、回りをまき込んででも、それをせずにはいられない理由がある事も、蔵馬自身もとっくに知っているからだ。それでも、今の状態のは見ているのが痛々しかった。最初は柔らかに止めさせようともした。は勿論、彼女の相方も、自分にとっては『かけがえのない人』だったからだ。そう言う立場の人間が辛い目に会っているのを黙視するのは、幾ら蔵馬とて、辛かった。
何も知らぬ者は、蔵馬の事を私情に囚われない人、とか、感情に振り回されない人、と評したり、口の悪い者になると、血も涙も無いとか、感情が無いかの様に評するが、むしろ、感情があるからこそ、冷酷非情な振る舞いと言うものは出来るものだ。相手に対して、何らかの感情が働くからこそ『冷酷』と評される行動が取れたりするものだったりするし、逆に相手に対して何も感情が無い方が、『優しい』対応になる事だってあるのだから。『時には』と言う但し書きが着くのは否めないけれど。
「‥‥‥つきましたよ」
躯が待っている部屋の観音開きの分厚い金属製の扉の前で、蔵馬は告げた。
「ありがとう」
「躯さん、です。遅れてごめんなさい。開けて、もらえます?」
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