「‥‥‥ん」
目を覚ましたら飛び込んできたのは天井。
「目、覚めたか」
耳に飛び込んできたのはぶっきらぼうな声。
「三蔵?」
日の光を素材に形作られた様な金糸の髪と、アメジストの瞳が視界を遮った。
「ここ、どこ?」
「今日、泊まる予定だった街だ」
声に不機嫌そうな色が含まれているのが分かった。もっとも、いつも不機嫌そうな色が含まれていると言ってもあながち間違いでは無いのだが。
「三蔵‥‥ずっと傍にいてくれたの?」
寝かされていたベッドから、身体を起こそうとして、は自分の身体に思う様に力が入らないのに気付いた。意識を取り戻した直後には感じられなかった体のだるさと脱力感。加えて、熱っぽさと若干の悪寒。起き上がろうと掛け布団とじたじたもふもふと格闘しているの姿を見て、三蔵はますます不機嫌そうになった。
「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと寝ろ」
ようやく身体を起こしたに投げつけられる不機嫌指数MAXの声。
「どうしても礼が言いたきゃ八戒に言え。お前の怪我を治したのはあいつだ」
心底うざったくて仕方が無いと言う口調。
「あ‥‥」
そのセリフに、は自分の左腕付け根から左の肩の付近にあるはずだった痛みが消失しているのに気がつく。
「医者の話だと、熱が下がるまで2,3日は安静だそうだ」
口調は変えずに、三蔵は言葉を紡いだ。
「2日で治せ。治らねえなら置いて行くからな」
「‥‥えと、他のみんなは?」
「買出しだ。喋ってるヒマがある位なら寝とけ」
「三蔵‥‥」
「…置いていかれたいのか?」
ただでさえ良いと言えない目つきがさらに悪くなる。
「あの、ね‥‥私‥‥やっぱり足手まといなの?」
不機嫌と不愉快を材料に出来ているような三蔵の様子に、はおずおずと切り出した。
「はぁ?熱で頭沸いてるのか、お前は?」
「だって、今日だって、悟浄にはノルマ達成手伝ってもらったし、八戒には怪我の治療してもらってるし、悟空には一杯心配させちゃってるし」
捨てられた猫の様にくしゅんと落ち込んでいる。
「‥‥三蔵も、すっっっごく機嫌悪そうだし」
「‥‥‥さっきから、何度言わせるんだ。病人は寝ろ」
「でもっ!置いていくって事は、やっぱり私、足手まといなんでしょ?」
「いつ、誰がそんな事言った?」
普通の人間なら、聞いただけでとりあえず謝ってしまいそうな不機嫌声を出す三蔵。が病人でなかったら、きっと最低でもハリセンは飛んでいるはずだ。
「だって、今、治らなかったら置いて行くって行ったじゃない」
「それがどうした」
「治らなかったら置いていく、って事は、やっぱり足手まといになってるって事じゃないの?」
「病人とは言ったが足手まといだとは一言も言ってねえ!」
アメジストの瞳と夜空色の瞳の間で強烈な視線が交差する。
「三蔵は、ほんとは、私が邪魔なんでしょ?私、自分の身も自分で守れなくって、みんなの役に立たなくて、今もこんな風に倒れちゃって、足引っ張ってばかりいるから!」
私が女だから、と言うのは、やっぱりどうしても口には出せなかった。
「役立たずだとも一言も言ってねえぞ。お喋りがウザいと言った覚えは、無きにしも非ずだがな」
2対の瞳が、漂う雰囲気は険悪かつ最悪、最凶のまま、まるで恋人同士の様な熱を持って絡み合う。
と、次の瞬間、いっぱいに見開かれた夜空色の瞳から、本当にぽろぽろと音がしそうな勢いでこぼれ落ちる涙。
「ウザいんだったら、邪魔なんじゃないの?!」
泣きながら叫ぶ。無性に悔しくて、悲しくて、そのつもりは無いのに涙がこぼれるのを止められない。
「うるせえ」
「いいわ。分かった。私、この街に残る。邪魔なんでしょ。良かったわね。こうやって寝込んで。丁度よか‥‥」
「馬鹿」
支離滅裂になってきているの言葉を遮るように三蔵は言い放つと、前触れもなくを自分の腕の中に閉じ込めた。の視界を遮るようにきつく抱きしめる。
「いいか、一度しか言わねえから、よく聞いておけ」
そのままの姿勢で、更に言葉を紡ぐ。
「お前の居場所はここだ。どこかに行っちまうなんて、俺が許さん」
「え?三蔵‥‥今、何言って‥‥」
反射的に聞き返す。
「一度しか言わねえって言っただろう。寝ちまえ。病人」
不機嫌さの度合いは変わっていないが、その声にわずかに、本当にわずかに柔らかさが含まれたのには気付いた。
「‥‥‥はぁい」
が大人しく横になると、ばさばさと乱暴に布団が三蔵の手で被せられた。
「てめえ一人で起き上がれねえんだから、布団も自分で被れないだろう?」
「どうせなら、子守唄もつけてよ」
「‥‥死にたいか?」
声だけで人が殺せるなら、即死していそうな三蔵のそれに、即座には首を左右に振った。
「じゃあ、さっさと寝ちまえ」
の額に固く絞った冷たい濡れタオルがこれまた乱暴に載せられる。
「ぅぁ(汗)」
唐突に遮られる視界と、タオル越しに伝わる、三蔵の手の重み。普段は絶対に他人の世話なんか焼こうとしない三蔵のその行動がなんだか可笑しくて、嬉しくて。もう一度こぼれ落ちそうになった涙を目の奥に押し戻すように、は目を閉じた。 |