megere (メジェール)
   フランス語で、『じゃじゃ馬』のこと。


「何度言ったら分かるんだい?ダメなものはダメ!幾ら君の頼みでも、こればっかりは聞けない。良いね?」
若干の苦いものと、一見穏やかに聞こえるが、絶対反抗は許されないであろう強い強制力が込められた口調で蔵馬は目の前の娘にきっぱりと言い放った。当然、その眼光も表情も春の日差しの如く穏やかで優しげに見えるにも関わらず、気の弱いものなら即座に絶対服従を誓ってしまうであろう冷たい輝きとある種の尊大さとも威厳とも言える重圧感に満ち満ちていた。
「イ〜ヤ〜よっ!!絶対にイヤ!」
腰に手をあて、傲岸不遜に反抗の意を瞬時に示すと、目の前の娘――はその眼光を、物ともせずに真正面から受け止め、くんと顎と胸をそらした。
「‥‥‥その発言は、ここがどこで、どんな場所で、その上、ここにおける、君の存在と立場がどんなものかを、十分に認識かつ理解した上での発言だろうね??」
先程と表情も眼光も変えないまま子供に言い聞かすようにわざとセンテンスを区切って、口調に皮肉げな色味をプラスし、蔵馬は言う。
「ええ、勿論」
返事は即座で簡潔。態度は高慢で挑戦的。平均的な気の強さの人間であれば、ああ言う口調と態度の蔵馬からここまでプレッシャーをかけられると、返答だけでいっぱいいっぱいと言った所のはず。それ位強烈なプレッシャーを真正面から受け止めて、問いかけに即答できるだけでも大したものだが、平静を通り越してここまで反抗的な態度を取れるのは、賞賛に値するだろう。命知らず、と言う言い方も出来るが。
「‥‥お〜い、蔵馬〜そろそろ会議始まってると思うぜ〜
「そろそろタイムリミットだと思うが、痴話喧嘩も大概にしろ、ご両人」
偶然か必然かその場に居合わせた人間である、幽助と躯――幽助は腫れ物に触る、と言う言葉を絵に描いた様な口調で、躯は状況を面白がっている色が十分に見られる口調で、火花を飛ばし合っている両者に声をかけるが、当然の如く2人の問いかけは、蔵馬と両人のどちらからも黙殺された。
「まだ、終わって無かったのだな‥‥」
幅3mはあろうかと言う大廊下のど真ん中で人目も外野の声にも全く無頓着で繰り広げられている『実写版乙女ゲー』の現場にこれまた偶然か必然か通り掛った黄泉は、半分あきれ返った口調で、おそらく最初からその場にいるであろう幽助に小声で尋ねた。
「あ、黄泉か‥‥何とかなんねえの。アレ。オレもうやだよ‥‥」
「始まってからそろそろ30分は経っただろうな。全く、他人の痴話喧嘩と言うものが、こんなに痛快な見せ物だとは思わなかったよ」
答えともぼやきとも魂の叫びとも取れる幽助の返答に、愉快極まりないと言う口調の躯の言葉が重なる。
「会議開始から15分経っても、俺と大統領以外の重要関係者が揃わないのは、こういう事だったのだな」
納得と呆れが無い混ぜになった口調で黄泉は呟いた。
「下手な武闘会の試合よりも面白いぞ。中継のTVカメラが無いのが残念だな」
「‥‥躯、あれに一度巻き込まれてみやがれ(汗)面白がる余裕なんて、消滅すんぞ」
ある種の恐怖と畏敬の念が込められた口調で幽助が突っ込む。突っ込みが入れられる程度には復調したらしい。
「躯の言う通り、あんな蔵馬と言うのは、確かに珍しく且つ面白いのだが。会議を潰してまで見るものとも思えんが」
「いいから見とけ。新たな展開に突入らしいぞ♪」
躯の言葉の通り、2人の舌戦は新たな展開へまさに開けるところだった。